南海キャンディーズのしずちゃんこと山崎静代のボクシングトレーナーを務めた梅津正彦(うめづ・まさひこ)さんが23日、悪性黒色腫のため、入院先の都内の病院で死亡した。44歳だった。山崎の専属コーチとして二人三脚でロンドン五輪出場を目指しながら、11年に発症した病と闘っていた。映画で実技指導するなど多方面で活躍もしていた。山崎は病院に駆けつけ、最期をみとった。
リングの上での戦いに情熱を傾けた梅津氏が、静かに病との闘いを終えた。体調急変を知った山崎も22日午後7時30分に病院に駆けつけ、日付が変わった午前1時に息を引き取るまで、その闘いを見届けた。
2人の出会いは08年。テレビドラマで女子ボクサー役を演じた山崎の技術指導をしたのがきっかけだった。ボクシングの魅力にのめり込んだ山崎が、本気でロンドン五輪出場を目指すことを決意し、個人トレーナーを依頼した。
病気の発症は11年11月。翌年1月の検査で、メラノーマという皮膚がんの一種を患っていることが分かった。5年後の生存率が10%の病だったが指導は続け、2人で夢舞台に挑んだ。昨年5月の世界選手権では五輪出場獲得はならずも、初戦に勝って8強進出。山崎は「梅津さんがいなかったらここまでこられなかった」と深い感謝を伝えていた。
その後、山崎は現役続行を決めたが、同氏の体調は悪化。車いす生活になり、言葉を話すことも困難になった。それでも、ボクシングに対する熱意は消えず、14日には元所属先の畑中ジムの興行を応援するため、家族の力を借りて名古屋へ。車いす姿で何とか声援を送っていたという。
同氏はアマチュアボクシングで88年ソウル五輪を目指したが、ケガで引退。映画助監督経験などを経て、多くのジムで選手を育てた。ワタナベジムではWBA世界スーパーフェザー級王者の内山高志も指導。同ジムの渡辺会長は「情熱的で、理論も豊富だった」と振り返る。同時にテレビ、映画などで実技指導も行った。11年公開の映画「あしたのジョー」では山下智久、伊勢谷友介らを指導した。
この日、山崎の所属事務所は「お通夜の前か後で、山崎静代がみなさまの前で、梅津さんへの感謝の気持ちをお話しさせていただく場を設けさせていただきます」とコメント。深い悲しみの中、天国の恩師へ気持ちを届けることになる。
◆梅津正彦(うめづ・まさひこ)1968年(昭43)12月13日、山形県酒田市生まれ。酒田東高でボクシングを始める。プロには進まず、アマチュアとして現役を退いた後は映画監督を目指して松竹シナリオ研究所入所。助監督も務めた。その後はボクシングコーチ、アクションディレクターとしても活動。北野武監督作品の「キッズ・リターン」「アウトレイジ」などにも関わってきた。
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