マッキー牧元 エロいはうまい

<1>豊満な身体にエキスをためこんだカキフライ/レストラン サカキ

  • 文・写真 マッキー牧元
  • 2016年2月8日

「レストラン サカキ」のカキフライ

写真:抱き合った二個の牡蠣が顔を出す 抱き合った二個の牡蠣が顔を出す

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 おいしいものをひたすら求め、国内外、縦横無尽に――。年間600店近くを訪れる“タベアルキスト”のマッキー牧元さんが、あの店この店の逸品を官能的にご紹介します。

  ◇

 噛んだ瞬間に、牡蠣の体液が、ゆるりと流れ出た。この日まで待ちわびたエキスが、流れ出た。

 「カキフライはじめました」。10月になると各食堂には、なんとも食欲そそる案内札が下げられる。食べたい。今すぐにもカキフライを食べたい。

 思いはつのり、爆発しそうになるが、ぐっとこらえる。あえて年を越え、肥えてうまくなるまで待つのである。隣りの客が食べているのを横目で見ながら、ひりひりと我慢するのである。

 それはつらい。つらいだけに、1月に自己解禁したカキフライは、一層うまくなる。ここ十年間は、そうして生きてきた。新年のカキフライ開きはどの店にしようか? 年末に思いを巡らすのがたまらない。

 今年は京橋の「レストラン サカキ」にした。座るなり、「カ。カキフライ下さい」と叫ぶように注文すると、店員は少し驚いた様子だった。

 さあ、目の前に揚げたてのカキフライが運ばれた。茶色い衣に包まれた、ふっくらとまあるいお姿に、目を細める。この豊満な体の中に、エキスをため込んでいるのかと思うと、喉が鳴り、腹が鳴る。

 一つとる。最初はなにもつけずに、そのままガブリとかじる。いやここは、ゆっくりと噛もう。歯は、香ばしい衣に当たって、カリリと小さな音を立て、牡蠣にめり込んでいく。その瞬間、甘い、ミルキーな海の滋養が、じんわりと舌に広がっていく。

 「サカキ」のカキフライは、小ぶりな牡蠣を二個抱き合わせて揚げてある。それゆえに、一個を揚げるよりもさらにエキスが豊かで濃く、幸せも倍増する。そして、二個の牡蠣が抱き合って触れているあたりが、まだ半生の気配があって、心を焦らす。

 一個を素のまま食べたら、次は塩をつける。塩と出会えば甘みが際立ち、顔が崩れる。さらにそこへレモンを絞れば、爽やかな酸味が加わって、滋味に色気が刺す。レモンは一かじりしたところで、噛み口にかけてやるのもいい。衣が湿気ることなく、なによりレモンの汁でてらてらと輝く牡蠣の艶に、コーフンしてしまう。

 ここで一旦キャベツやポテサラを食べ、気持ちを落ち着かせる。よし、次はタルタルソースを、たっぷりからめて食べてやる。さすれば、タルタルのうま味と牡蠣のうま味が抱き合って、猛然とご飯が恋しくなる。

 ああ。幸せにうっとりと目を閉じ、海の豊穣が舌を過ぎ、喉元に落ち、身体の底へ落ちていくのを、噛みしめる。胸のあたりがカキフライの熱で、うららかな春の日差しのように温まっている。

 その温もりこそ、「私の養分を食べて」という牡蠣の願いなのだ。

  ◇

レストラン サカキ
東京都中央区京橋2-12-12サカキビル1F
電話:03-3561-9676
http://www.r-sakaki.com/

昼は人気の洋食店。夜はカジュアルなフランス料理店となる。カキフライ(1300円)は昼定食の一品として人気。夜でも事前に予約すれば、一皿として出してくれる。

PROFILE

マッキー牧元

マッキー牧元(まっきー・まきもと)

タベアルキスト&味の手帖編集顧問。1955年東京生まれ。立教大学卒。年間幅広く、全国および世界中で600食近くを食べ歩き、数多くの雑誌、ウェブに連載、テレビ、ラジオに出演。日々食の向こう側にいる職人と生産者を見据える。著書に『東京・食のお作法』(文藝春秋)『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)『出世酒場 ビジネスの極意は酒場で盗め』(集英社)。市民講座も多数。鍋奉行協会顧問でもある。

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