マッキー牧元 エロいはうまい

<16>カツ丼の似合う男は、カッコイイ/とん喜

  • 文・写真 マッキー牧元
  • 2016年9月15日

カツ丼

  • カツ丼

  • 特製カツ丼

  • 特製ロースカツ

 カツ丼を食べる姿がカッコイイ男になりたくて、練習したことがある。理想は、映画『幸福の黄色いハンカチ』での、ムショ帰りの高倉健である。

 「ビールとカツ丼ください」。ムショを出て初めて入った食堂で注文をするが、実際食べるシーンはない。しかしわかる。様々な思いの丈を込めて、一気呵成(いっきかせい)にカツ丼を食べる高倉健の姿が、想像できる。旺盛な食欲と、征服欲、哀愁がないまぜになりながら食べ進む、男の姿が目に浮かぶ。

 哀愁と征服欲はどうにもならないが、旺盛な食欲ならある。せめてその時の高倉健に近づこうとして、鏡を見ながら、どう食べたらカッコイイか、何度も研究した。バカである。しかしカツ丼は、他の丼とは違って、“男度”が必要とされる丼なのである。

 だから、人、いや男それぞれにカツ丼の理想というのがある。例えばカツ丼は、ご飯の汚れがポイント。丼つゆが米粒を汚している。その罪悪感が食欲を呼ぶ。

 汚しすぎてはいけない。汚さないのもいけない。適度な丼つゆしみ具合が重要で、それが卵とじカツとの一体感を生む。

 そんな汚れをしみじみ味わうところに、男の人生をかぶせるのである。ハハハ。

 また、カツ丼は並に限る。肉が薄いほうがご飯となじみ、掻(か)き込みやすいからである。だが「とん喜」では、この信念が揺らぐ。1日に100杯もカツ丼が出るという人気店だが、基本はとんかつ屋だけに、並でも上でも見事にご飯となじませるすべを知っているからである。

 特製カツ丼の肉は、分厚い。かめばつゆが染みた衣と共に豚肉の甘みがこぼれ、脂がすうっと溶けていく。たまらず丼つゆが染みたご飯を掻き込む。たくましい肉への丼つゆの吸い込ませ方が絶妙で、カツが威張りすぎていない。ご飯を見下していない。一緒に高みに昇ろうとしている。つゆや卵とがっぷり四つになった肉をかみしめ、肉汁を味わえば、カツ丼気分はどこまでも高揚し、並とは違う迫力が生まれる。

 もちろん並も素晴らしい。薄くとも十分に豚肉の存在感がある。どちらも豚肉を味わう喜びや、かすかに点在するカリッと香ばしい衣に歯を立てる喜び、甘辛いつゆを味わう喜びや、つゆが染みたご飯を掻き込む喜び、卵や玉ねぎの甘みを感じる喜びなど、それぞれの役者が自分の役割を果たした、王道のカツ丼の味である。カツを、豚肉を、そっと持ち上げる。

 さあ後は、目の前にカツ丼が現れたら、間髪入れずに片手で持ち、脇目も振らずに掻き込む。一息ついたら、丼の底に意識を集中させ、駆け抜ける。その間、はがれた衣を修繕し、衣の切れ端や玉ねぎでもご飯を楽しみ、掘削したご飯の断面から、ダシの染み込み具合を確認することも忘れてはならない。

 背筋はすっと伸ばし、隣の客の邪魔にならない程度にひじを張ると姿がいい。もちろん終止無言。カツ丼の似合う男は、カッコイイ。

    ◇

銀座「とん喜」
東京都中央区銀座6-5-15 銀座能楽堂ビルB1F
03-3572-0702

 銀座で長く営むとんかつ屋。今では有名になった銘柄豚平牧三元豚を、東京で初めて使い出した店でもある。人気のカツ丼は、日に100杯も出るという。年中無休。銀座で安くおいしいものを出す希少な店。

[PR]

PROFILE

マッキー牧元

マッキー牧元(まっきー・まきもと)

タベアルキスト&味の手帖編集顧問。1955年東京生まれ。立教大学卒。年間幅広く、全国および世界中で600食近くを食べ歩き、数多くの雑誌、ウェブに連載、テレビ、ラジオに出演。日々食の向こう側にいる職人と生産者を見据える。著書に『東京・食のお作法』(文藝春秋)『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)『出世酒場 ビジネスの極意は酒場で盗め』(集英社)。市民講座も多数。鍋奉行協会顧問でもある。

&Mの最新情報をチェック


&Mの最新情報をチェック

Shopping