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NTTドコモの電子書籍事業が撤退モードに入っている、と安藤哲也さん(50)が感じ始めたころ、楽天から転職の誘いがあった。インターネット書店の中で下位に低迷していた楽天ブックスの立て直しを期待されてのことだ。「職場にはIT系の技術者ばかりで、本を売るという感覚が分からず、平凡なサイトになっていたから、在庫の豊富な他社に負けるのは当然。打開策はすぐに分かった」という安藤さんは、自分にしかできない仕事だと、誘いに応じることにした。
2004年春に楽天に入社、さっそく書店員時代に広げた出版社の人脈を活かしてサイトに著者インタビューを載せ、メールマガジンにも力を入れた。読者レビューなども厳選して載せていくと、アマゾンや紀伊国屋のサイトでは売れていない本が、突然、1000部近く売れるという現象も起きた。その実績を持って出版社を訪ね、「これだけ売り上げたのだから、話題の新刊を納品して」と要請した。店長を務めた「往来堂」時代に知り合った出版社には、本を納品する「取次」を飛び越えて、直接営業をかけた。1年ほどで、サイトのコンテンツも充実し、システムも改善され、在庫もそろうようになり、徐々に売り上げが伸びていった。
当時の楽天は、まだ社員が1000人規模でマネジメント制度もまだ整っておらず、役員が突然、「業務報告(日報)を毎日書け」とか言い出すこともあった。「日報を書くより、人と会った方が営業につながる」と考えた安藤さんは、管理職からの督促メールも黙殺した。朝から参加した部長研修を午前中で途中退席したこともある。「部下から上司への不満が続出した場合、どのように対処するか」といった課題などは、「人間関係をうまくやれば解決できる。人に教わるまでもない」と、研修に意味が見いだせなかったからだ。参加しない理由を書いた、形ばかりの「始末書」を出すと、「おとがめ」はなかった。
「時間の無駄と思えることは徹底して断りました。仕方ないと付き合っていると、組織やしがらみに絡め取られ、仕事以外の時間がどんどんなくなるからです」と安藤さん。当時、保育園の父母会長をしており、時間を合理的に使わないと、仕事も私生活も満足できる形で回らなかった。長女が小学校に入学すると、子どもらが放課後を過ごす「学童保育クラブ」の父母会長にもなった。その翌年の07年には、小学校のPTA会長に就任した。
「小学校の統廃合が持ち上がり、娘から『学校がなくなる。パパ何とかして』と頼まれたから、統廃合問題だけを担当する特命的なPTA会長、という条件で引き受けました」。「特命」以外のPTA業務は女性の副会長らに任せた。それでも平日の夜や土日を中心に、会議だけでも年間数十回は開いた。午前中、区役所で交渉した後、出社することもあった。
保護者の中には、中央官庁に勤務する官僚や弁護士、プログラマー、デザイナーら多士済々な父親らがいて、彼らも統廃合問題には積極的に関わってくれた。区役所に出す文書作成は官僚ならお手の物、ホームページにもすぐ載せることができ、本格的なポスターも作ることができた。「夜の会議の後、居酒屋に移動しての議論は盛り上がりました。ヘビーなテーマでしたが、ドリームチームの監督をしているようで、楽しかったですね」と話す。結局、2年連続でPTA会長を務めた。退任してから半年ぐらい経過したころ、統廃合計画は白紙撤回された。
PTA会長になる前年の11月には、父親の子育てを支援する「ファザーリング・ジャパン(以下、FJと略称)」を設立しており、その活動も徐々に忙しくなっていく。仕事では、自ら決めた4半期ごとの目標達成に向けて、毎週の売り上げに追われる。仕事のやりがいはあり、それに見合う収入も得ていたという。それでも、毎日、数字だけを追求することが虚しくなり、07年10月いっぱいで楽天を退社した。
退社する前の月にFJは、育児に関する全般的な知識を問う試験「子育てパパ力(ぢから)検定」を翌年3月に行うことを発表していた。FJの認知度を上げるためのアドバルーン的な事業を行うため、安藤さんは自宅を担保に銀行から借金をした。検定事業を展開する会社に企画協力・運営を委託、小学館から公式問題集を発売する、という本格的なものだ。受験料は3900円。約4000人が受けてくれないと採算がとれない計算だった。最終的に受験者は1000人余りと想定を下回ったものの、ユニークな企画は60社以上のメディアに取り上げられて、FJの存在と目指すことを広める目的は達成できた。
FJの知名度が上がったことで、企業のワークライフバランスなどの研修に講師で呼ばれる機会が増えた。労働時間短縮のカギを握るポイントとして、安藤さんは2つのことを話す。1つは、会議の時間を20分に限定すること。「人間の集中力は、そんなに長くはもちません。20分で終わるよう事前準備をしっかりすることが大事。長引くようなら立って会議するのも方法です」。もう一つはメールの使い方だ。「初めて出す営業メールは、ラブレターのようなものだから、多少長くてもいいと思いますが、それ以後のメールは用件のみ、数行で。ビジネスツールなんだから、時候のあいさつなんていりません。私のメールはチャットのように短い」。安藤さんは、長い返信が必要なケースは電話で話し、電話も長引きそうなケースでは直接会うようにしている。
もう一つ強調するのは、育児をすることで仕事のスキルも向上するということだ。働きながら育児をするには時間管理能力が不可欠だし、子どもと接する中でコミュニケーション能力や問題発生予知能力が高まる。結果として、父親業をしっかりしている人は、仕事の面でも懐の深さが感じられる、という。
FJに専念するようになった安藤さんは、企業に働きかけるだけでなく、社会を変えるために示威行動もし、中央官庁にも乗り込んだ。
(「笑っている父親」の安藤哲也さんは5回のシリーズです。最終回は7月30日に配信する予定です。)

1957年、香川県生まれ。1982年、朝日新聞社入社。86年から大阪本社・社会部で裁判などを担当、『AERA』編集部、東京本社・社会部を経て成田支局長に。「成田空港問題」を連載して出版。99年から電子電波メディア局で「朝日新聞デジタル」の前身「asahi.com」の編集。知的財産センターなどを経て2012年からデジタル事業本部へ。現在、「朝日新聞デジタル」内の新ウェブマガジン「&M」担当。2001年から1年間育児休業取得。
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