複線型のすすめ

子育てと仕事の両立選んだ商社マン 笑っている父親(9)

  • 文 松崎幸治
  • 2013年9月3日

写真:川島高之(かわしま・たかゆき)<br />
1964年生まれ。妻と高校生の長男。87年に大手総合商社に入社、2001年から1年間、大手銀行に出向。12年6月に資産運用会社の社長に就任。同年にNPO法人「コヂカラ・ニッポン」を設立川島高之(かわしま・たかゆき)
1964年生まれ。妻と高校生の長男。87年に大手総合商社に入社、2001年から1年間、大手銀行に出向。12年6月に資産運用会社の社長に就任。同年にNPO法人「コヂカラ・ニッポン」を設立

 海外へ単身赴任中に長男が誕生するという経験をした川島高之さん(49)は、「子どもが中学を卒業するまでは絶対に家族と一緒に暮らす」と決意した。以来、何度か海外異動の打診を受けたが断り、長期の海外出張も回避してきた。わがままを言ってきた分、実績で会社に貢献すべきだと仕事をがんばり、日本初の事業も立ち上げた。父親として、商社マンとして、ユニークなキャリアを積み、現在は資産運用会社社長として、上場している不動産投資信託(REIT)の運用に全責任を負っている。多忙な仕事をこなす一方、私生活では子どもが通う小、中学校のPTA会長・副会長を計5年間務め、地元の草野球チームの監督もやり、昨春にはNPO法人も設立した。

     *     *

<1987年に商社に入社し、10年余りを鉄鋼畑一筋で過ごす。>

 建設用の鋼材をメーカーから買って、建設会社などに売る仕事を入社以来、ずっとしてきました。商社の伝統的な仕事です。お客様に気に入られるよう接待など、どぶ板営業が当たり前で、いわゆる客商売の基本が身につきました。

<96年秋、翌春からタイの現地法人で働くよう内示を受けた。内示から2カ月後、妻の妊娠が分かった。>

 内示を受けた2カ月後に妻の妊娠が分かって、今回は見送って欲しいと上司に相談しましたが、「相手もあり、決まった話だ」と言われました。妻は「私が育児休暇をとるから」と言って、送り出してくれました。

 出産の前後は休みをとって帰国し、その後も1、2カ月に1度は、金曜の夜にバンコクを発ち、妻の実家で1泊して、日曜夕方の成田発で戻る、ということを繰り返しました。産前産後の妻が大変な時期に一緒にいられなかったのは今でも後悔していますが、仕事の面では海外赴任はとてもいい経験でした。自分で考えて行動し課題解決するという自立の領域が拡大したうえ、視野も広がり、英語も身につき、何よりミッションを達成できて仕事に自信がつきました。

 98年5月、4カ月ぶりに帰国して息子を抱き上げた際、息子が機嫌良く笑ってくれたことで、父親としてのスイッチが入りました。息子はすごくシャイで、近所のおじさんを見て固まったりすることがあったから、妻は、この久しぶりの対面をとても心配していました。「最初に大泣きされると、その後もずっと大変」と知人らに聞かされていたからです。

<98年10月に帰国、金融部門への社内異動を申し出た。金融の知識はなく、ゼロからのスタートだった。2001年10月、大手銀行へ出向した。>

 専門性のみでも勝負できる仕事をしたいとの思いもあり、子どもが中学を卒業するまでは家族そろって暮らすために転勤が少ない部門に移りたいとも考えて、金融(ファイナンス)の部門に社内転職しました。

 金融の世界には、投資銀行で億単位の収入を得ていたり、ハーバード大学でMBA(経営学修士)を取得していたりと、超に超がつくほどの優秀な人材がゴロゴロしていました。その中でゼロからのスタートだったわけですが、何はともあれ最低限の知識と看板を手に入れようと、証券アナリストの資格を一発合格でとりました。その後、日本では黎明期だった「証券化」に取り組んだり、大手銀行に出向してM&A(企業買収・合併)のアドバイザー業務を担い、複数の案件をまとめたりしてきました。ど素人からのスタートでしたが、何とかやってこれたのは、実は鉄鋼時代の「どぶ板的」営業経験のおかげです。「金融知識」は教科書的な勉強で獲得できるが、ビジネスで最も重要な「人間関係の構築や営業センス」は経験値がものを言いますからね。

<02年10月に出向先から戻ると、新規の金融事業を考えるよう命じられた。不動産投資に特化した資産運用会社を設立、翌年には不動産投資信託(REIT)を東京証券取引所に上場させた。>

 米国で生み出されたREITは、日本では黎明期で、まだオフィスビルを対象にしたものしかありませんでした。その中で、どの会社もやっていなくて、かつ今後の成長が期待でき、更に商社特有の分野に特化したREITを立ち上げようと考えました。

 REIT立ち上げに向けたピーク時は本当に忙しくて、分刻みではなくて、気分的には秒刻みで会議などに追われている感じでした。でも、「土日は仕事をしない、平日は妻と交代で子育てする」という前提で、密度濃くメリハリをつけて働きました。妻と一週間のスケジュールを調整する際、たとえば、月、木は午後7時に帰宅、火、水は零時を回る、金曜は接待といった具合に伝えました。もちろん、必要があれば、徹夜で稟議書を書くということもありました。

 プロジェクトで社外の人と交渉する際も、一回で決着させようと、入念な準備をして気合を入れて臨みました。決着できないと、次回に向けて社内の会議が増えますから。

 言ってみれば、社内・社外の全ての会議やプレゼンが、「一発勝負、次回は無し」という、あたかも相撲の取組みと同じくらいの意気込みでした。

(「笑っている父親」の川島高之さんは3回のシリーズです。次回は9月10日に配信する予定です。)

       ◇

 仕事以外に打ち込んでいることが、何か、ありますか。生涯、仕事ひとすじで生きられる人生は、幸せなのかもしれません。でも、「右肩上がりの時代」は終わり、あなたの人生もいつ、突然、転換を余儀なくされるかもしれません。複線型で生きていれば、そんな時の対応が違ってくるのではないでしょうか。いろいろな分野で活躍されている方々の生き方を紹介する本シリーズから、何かヒントが見つかれば、幸いです。

(「笑っている父親」の「川島高之さん」は3回のシリーズです。次回は9月10日に配信する予定です。)

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PROFILE

松崎幸治(まつざき・こうじ)

1957年、香川県生まれ。1982年、朝日新聞社入社。86年から大阪本社・社会部で裁判などを担当、『AERA』編集部、東京本社・社会部を経て成田支局長に。「成田空港問題」を連載して出版。99年から電子電波メディア局で「朝日新聞デジタル」の前身「asahi.com」の編集。知的財産センターなどを経て2012年からデジタル事業本部へ。現在、「朝日新聞デジタル」内の新ウェブマガジン「&M」担当。2001年から1年間育児休業取得。

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