複線型のすすめ

戸籍見て知った両親の離婚 笑っている父親(14)

  • 文 松崎幸治
  • 2013年10月8日

写真:2008年から毎年、専修大学で6〜10回のキャリアデザイン講座を開催。毎回10人ぐらいの知人に参加してもらい、いろいろ悩みながらも楽しく仕事をしていることを学生に語ってもらう。地元の神奈川・逗子市の地域活動では、子ども子育て会議の委員や逗子まちなかアカデミーの事務局長を務めている2008年から毎年、専修大学で6〜10回のキャリアデザイン講座を開催。毎回10人ぐらいの知人に参加してもらい、いろいろ悩みながらも楽しく仕事をしていることを学生に語ってもらう。地元の神奈川・逗子市の地域活動では、子ども子育て会議の委員や逗子まちなかアカデミーの事務局長を務めている

写真:東さんが創業した株式会社「ソラーレ」のホームページ東さんが創業した株式会社「ソラーレ」のホームページ

 転職を繰り返し、東京電力100%出資の子会社に就職することになった東浩司さん(42)は、今度こそ定年まで勤めようと決意した。しかし、売り上げ目標もない会社では、東さんの仕事ぶりはあまり評価されなかった。結局、4年間で退社することになる。長女が生まれて5カ月後のことだ。父親の子育て支援をするNPO法人「ファザーリング・ジャパン(以下、FJと略称)」に加わり、自らの会社も立ち上げた。企業研修などの経験を生かしてFJの「父親学校」を始めた。

笑っている父親(13)はこちら

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<2004年3月、東京電力の子会社である総合人材サービスの「キャリアライズ」に入社した。>

 うつに苦しんでいた時に読んだ江原啓之さんの本で「天職と適職は違う」という言葉に出会いました。適職とは自分の特技を生かして食べていくための仕事で、私の適職は新卒の会社で経験した企業研修の営業でした。自分が悩んできたキャリアをテーマにした職に就きたいと、「企業研修」「キャリア」の単語でネット検索をして、「キャリアライズ」という会社を見つけました。コンサルティング事業部に配属され、東電グループの社員教育の企画やプログラム開発、講師の手配などを任されました。

 安定した会社に運良く入社できたのだから、定年まで働こうと決意しました。人間関係も良好で、副長(課長補佐)職に出世もしました。利益などの数字を追求されることもなく、東電の社内ベンチャーという自由かっ達な風土のなかで、わりと好きなように働かせてもらえました。

 ただ、私を採用してくれた経営陣が途中で交代し、東電の官僚的で組織重視の文化が色濃くなってくると、居心地が悪くなってきました。成長拡大期から安定期に移るにしたがい、自由に動いていた私は社内でどことなく浮くようになりました。

<07年9月に長女が誕生、妻は幼稚園の先生を辞めた。>

 妻から妊娠を知らされても父親になる実感が湧かなくて、子育てを終えた男性何人かに質問して回りました。そのなかで「子どもが小さい頃、もっと一緒に過ごせばよかったと後悔している」と答える人の多さが心に引っかかりました。

 妻が幼稚園を退職し、家計の収入が大幅に減りました。給料を増やすには残業代を増やすしかありません。妻に「残業して稼いだ方がいいか、給料は安くても早く帰宅した方がいいか」と聞いたところ、「早く帰宅してほしい」と頼まれました。そこで、上司や同僚に「娘とお風呂に入るため、18時に退社します」と宣言しました。それまで上限の45時間以上していた残業を月に1、2時間に減らし、15万円ほどあった残業代がそっくりなくなりました。

 残業は減らしても仕事の成果は上げたいと考え、昼休みもろくに取らないで集中して仕事をして、東電の全社ライフプラン研修という大きな案件を受注しました。でも、冬の賞与で査定が下がりました。理由を尋ねても、課長や部長は「評価制度が変わったから」と答えるだけ、役員からは「東さんは協調性がないから」と言われました。売り上げと利益をあげれば評価が高まり給料を増やせるというのは、私の勘違いにすぎないと気づきました。「給料は我慢料だ」と諭されたこともあり、仕事の価値観が全くちがう職場でずっと働いていく自信がなくなりました。

<長女が生まれた翌月、ワークライフバランスの勉強会で安藤哲也・FJ代表理事の話を聞く機会があった。>

 安藤さんから「仕事も、子育ても、社会活動も、趣味も、トータルで人生を楽しみ、笑っている父親になろう」という話を聞いた時は、そういう考え方もあるんだな、という程度の受け止め方でした。しかしそれからは、家や職場で笑っていない自分の姿を常に意識するようになりました。中間管理職として自分の感情を押し殺す機会も増えており、このまま我慢料をもらいながら定年を迎えたとき、成人した娘からは絶対に、イケテナイ親父にみられると思うと、いてもたってもいられない気持ちになりました。

 08年2月に退社し、サラリーマン生活に終止符を打つことにしました。子どもが出来なかったら、たぶん今でも勤めていたと思います。

<08年6月に「ソラーレ」という会社を自ら立ち上げ、同時にFJに加入した。>

 ソラーレとはイタリア語で「太陽系」の意味です。いつも自分が太陽のように輝いて、その光で家庭や周囲の人たち、社会を明るく照らしたい、という思いをこめました。仕事は「講師業」で、企業や自治体、労働組合の依頼を受けて、ワークライフバランスやメンタルヘルスなどについての研修をしています。

 独立したことで年収は半分以下に減りましたが、人に頼まれて自分の経験や知識を提供することで感謝してもらえる仕事は喜びが大きく、いまが一番満足感の大きい働き方をしています。

 FJの理事として父親の育児支援を行う活動にも力を入れています。こちらは江原さんのいう「天職」にあたります。安藤さんに持ちかけられて、日本初の父親学校「ファザーリング・スクール」を09年10月に開校しました。8回の講座で受講料は約3万円。当初は参加者の確保に苦労しましたが、今年に入っての9期、10期は、告知するだけで定員20人がほぼ埋まるようになりました。

 ファザーリング・スクールの1期を終えた頃、名古屋にいる父親に15年ぶりに会いに行きました。父親は仕事を転々として、家庭では存在感がありませんでした。27歳の時にパスポートをつくるために戸籍を取り寄せて、初めて両親が離婚していたことを知りました。父親と話す中で、20年間家族にほとんど会えないでいるのに、ずっと母親や姉たちのことを気にかけていることが分かりました。「男は仕事」という価値観でまい進し、コミュニケーション下手なせいで家族に愛情を伝えられなかった父親の姿は、私の身近な友人たちの姿と重なりました。同じような間違いを繰り返させてはいけないと思いました。父親が輝くことで、子どもを笑顔に、家族を明るく、社会全体を元気にしたいという思いが、私のファザーリング活動の原点です。

 最近は、地域活動と次世代の育成の仕事に力を入れています。大学ではキャリア講座や就職カウンセリングをしています。大学の教職が適職なのかもしれないと思うようになり、大学院で勉強し直すことを考えています。

 私自身、いきあたりばったりのキャリアを歩んできました。「いい大学を出て、いい会社に就職する」というレールが崩れているなか、私のような生き方をする人はおそらく増えるでしょう。私がいいモデルケースになれるかどうかは分からないのですが、手探りしながら、新しい男の生き方を作っていきたいと思っています。

(「笑っている父親」の「東浩司さん」のシリーズは今回が最後です。次回からは「パパ料理・親子料理研究家」の滝村雅晴さんを紹介します。10月15日に配信する予定です。)

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PROFILE

松崎幸治(まつざき・こうじ)

1957年、香川県生まれ。1982年、朝日新聞社入社。86年から大阪本社・社会部で裁判などを担当、『AERA』編集部、東京本社・社会部を経て成田支局長に。「成田空港問題」を連載して出版。99年から電子電波メディア局で「朝日新聞デジタル」の前身「asahi.com」の編集。知的財産センターなどを経て2012年からデジタル事業本部へ。現在、「朝日新聞デジタル」内の新ウェブマガジン「&M」担当。2001年から1年間育児休業取得。

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