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トリプルギターが炸裂するレーナード・スキナード絶頂期のライヴ盤『ワン・モア・フロム・ザ・ロード』

  • 記事提供:OKMusic
  • 2017年8月18日
  • 写真:これだけはおさえたい洋楽名盤列伝! (okmusic UP's)

    これだけはおさえたい洋楽名盤列伝! (okmusic UP's)

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70年代初頭から中頃にかけて、アメリカンロックのひとつの大きな柱となっていたのがサザンロックであった。サザンロックはその名の通り、アラバマ、ジョージア、フロリダ、テネシー等のアメリカ南部諸州から登場してきたロックグループの総称である。サザンロックの形態を確立したのは、1969年にデビューしたオールマン・ブラザーズ・バンドで、後進の多くのグループは細かな部分での味付けは変えているものの、骨格部分はオールマンのスタイルを踏襲している。要するにサザンロックのグループは音が似ているのだ。今回紹介するレーナード・スキナードは、サザンロッカーとしてデビューしてはいるが、5作目となる本作(初のライヴ盤)では、ブリティッシュハードロックにも似た重厚さとトリプルリードギターのダイナミックさで圧倒的な存在感を見せた。本作は2枚組にもかかわらず100万枚を超えるセールスを記録し、サザンロックの人気を世界水準まで引き上げることに成功したのである。

英国産ロックと米国産ロックの違い

70年代初頭、「ロックの多くは音を聴けば英国産か米国産か判断できる」ことが多かった。 “音が乾いていて、大らかかな感触があること。そして、ブルースとカントリーに明確に影響されていること“がアメリカ産のロックで、”音に湿り気があって、緻密で丁寧な感触があること。そしてアメリカのルーツ音楽に影響されつつ、クラシックやジャズの要素も少なくないこと“がイギリス産ロックの特徴であったように思う。

そんな中、ザ・バンドやオールマン・ブラザーズ・バンドに大きな影響を受けたクリームのエリック・クラプトンやトラフィックのスティービー・ウインウッドは、本物のアメリカンサウンドを作り上げることに没頭していた。クラプトンはブラインド・フェイスでの実験を経て、デレク&ザ・ドミノスを結成しクラプトンなりのアメリカンサウンドを追求する。そして、このグループのメンバーにはサザンロックを創造した偉大なアーティスト、デュアン・オールマンも参加している。

デレク&ザ・ドミノスの登場によって、それまでロック界を引っ張ってきていたブリティッシュ主導のハードロックやプログレに加え、アメリカ南部のローカルなサウンドであったサザンロックやスワンプロックも、世界で勝負できるジャンルとなったのである。

サザンロックの隆盛

69年にリリースされたオールマン・ブラザーズ・バンドのデビュー作『オールマン・ブラザーズ・バンド』と、70年のデレク&ザ・ドミノスのデビュー作『いとしのレイラ(原題:Layla & Other Assorted Love Songs)』によって、サザンロックが完全に定着したわけではない。その後2年ほどの短期間に、雨後の筍のように登場するサザンロックのグループと、ジェフ・ベック、ジョー・コッカー、ロッド・スチュワート、トラフィックら、ブリティッシュロックの大物たちがハードロックからスワンプ〜サザンロック路線へとシフトするのを目の当たりにして、サザンロックは急速に多くのリスナーを獲得していく。当時、中学〜高校生ぐらいの僕もまた、どっぷりサザンロックにはまっていったのでよく覚えているが、このあたりは本当にあっと言う間の出来事であった。

マーシャル・タッカー・バンド、チャーリー・ダニエルズ・バンド、エルヴィン・ビショップ、ウェット・ウィリー、カウボーイ、グラインダー・スイッチ、ウインター・ブラザーズ・バンド、アウトロウズ、ディキシー・ドレッグスなどなど、先ほども述べたように、どのグループも骨格にはオールマン・ブラザーズ・バンドのスタイルを置き、味付けとしてサックスやフィドルを加えたりして、グループの個性を押し出していった。その中で本家のオールマン・ブラザーズは他の追随を許さず、デュアン・オールマンの天才的なギターワークを中心に、演奏力でトップに君臨していたのである。しかし、71年11月にバイク事故でデュアンが死亡すると、サザンロックは精神的支柱をなくしたかたちになってしまった。しかし、デュアンの弟のグレッグ(残念なことに今年5月に病死)は残されたメンバーをまとめあげ、新生オールマン・ブラザーズ・バンドが73年にリリースした『ブラザーズ&シスターズ』は全米1位を獲得する。それと同時期にザ・バンド、グレイトフル・デッド、オールマン・ブラザーズ・バンドの3バンドで行なわれたワトキンスグレンでのコンサートは60万人を集めるなど、生前デュアンが蒔いておいた種は、彼の死後大きな実りをもたらしたのである。73年になってサザンロックは認知され、どのグループも大きな収益を生む存在となっていた。

サウンド・オブ・ザ・サウスの設立

僕のコラムには度々登場するアル・クーパーだが、今回はレーベルのオーナーとしての登場だ。オールマン・ブラザーズをはじめ、いくつかのサザンロックグループの演奏を見たクーパーは、近い将来大きなセールスにつながることを確信、南部ロック専門のレーベルを72年にスタートさせる。それがサウンド・オブ・ザ・サウスだ。クーパーは南部のライヴハウスを回り、フロリダではモーズ・ジョーンズと、アラバマではレーナード・スキナードと契約する。そして、サウンド・オブ・ザ・サウスの第1弾作品としてリリースされたのが、レーナード・スキナードの『レーナード・スキナード』(‘73)である。

サウンド・オブ・ザ・サウスのレーベルカラーというか、クーパーの頭の中にあったのはサザンロックそのものではなく、サザンロック寄りのハードロックだと思う。なぜなら、オールマン・ブラザーズ・バンドも当時新設のキャプリコーンレーベルからリリースされており、キャプリコーン在籍のアーティストはサザンロックそのものばかりなので、クーパーとしてはサウンド・オブ・ザ・サウス所属のアーティストには若干ひねりを加えたかったはずなのだ。実際、レーナードは他のサザンロック(キャプリコーン)のグループと比べると、ブリティッシュハードロック色が濃いサウンドであったし、だからこそ世界的に認知されたのである。

レーナード・スキナードのデビュー

73年のデビューアルバムは、亡きデュアン・オールマンに捧げた「Free Bird」を収録し、当時間奏でのトリプルリードギターが話題となった。キャッチーなギターリフとブギを前面に押し出した南部らしいハードロックは、日本のロック界にも多くのフォロワーを生み、デビューアルバムながらセールス的にも成功した作品となった。

続くセカンド作『セカンド・ヘルピング』(‘74)には彼ら唯一の全米ベストテンヒットとなる「Sweet Home Alabama」が収録されているが、この曲は彼らの代表曲というだけにとどまらず、今ではアメリカンロックの代表曲のひとつとして愛されている。このアルバムも前作同様アル・クーパーのプロデュースで、サウンドは同一路線で、内容は素晴らしい。次作の『ナッシン・ファンシー』(’75)は全米アルバムチャートの9位に食い込み、イギリスでも43位になるなど、世界的な認知度を広げるのだが、クーパーとグループ間での対立が目立つようになり、クーパーのプロデュースはここまでとなる。

4枚目の『ギミー・バック・マイ・ブレッツ』(‘76)はプロデューサーに南部の重鎮トム・ダウドを迎えるものの、メンバーチェンジもあったせいか全体に重苦しい仕上がりになってしまっていて、僕は前3枚と比べると見劣りのするアルバムだと思っている。

本作『ワン・モア・フロム・ザ・ロード』について

前作から数カ月後、新ギタリストのスティーブ・ゲインズを迎えたライヴの模様を2枚組に収めたのが本作『ワン・モア・フロム・ザ・ロード』(‘76)である。

選曲自体は彼らのベスト曲集的なセレクトであるが、スタジオ録音の抑えた雰囲気とはまったく違い、1曲目からノリまくりのご機嫌なライヴパフォーマンスがこれでもかと言わんばかりに続く。サザンロックのレイドバックしたサウンドにブリティッシュ系のギターリフが重なり、ロニー・ヴァン・ザントの骨太のヴォーカルが観客を煽りまくるのだ。ロニーってこんなにすごいヴォーカリストだったんだ!と改めて感じさせてくれた次第。

特に「Sweet Home Alabama」「Crossroads」(クリームのバージョンを中途半端にコピーしているところが可愛い)で大いに盛り上がりを見せ、最後の14分近くにも及ぶ「Free Bird」でのギターバトルは、カオスに近い陶酔感に浸るわけで、リスナー側からすると大満足と疲労のうちにアルバムは終了する。今の時代にはない70年代ならではの熱〜いロック作品だと言える。いやぁこれ、ほんと名盤!!

悲惨な幕切れ

順風満帆に見えたレーナードの活動であったが、ご存知の通り、スタジオ5作目となる『ストリート・サヴァイヴァーズ』(‘77)のリリースから3日後、飛行機事故によりロニー・ヴァン・ザント、スティーブ・ゲインズ、彼の姉のキャシー・ゲインズ(レーナードのバックヴォーカリスト)らが亡くなってしまう。結局、グループの顔であったロニーが亡くなったことで、レーナード・スキナードは人気絶頂の時に解散せざるを得なくなったのである。

レーナード・スキナードは、80年代のジョージア・サテライツや90年代のブラック・クロウズ、現在進行形のテデスキ・トラックス・バンドなどに大きな影響を与えており、70年代のグループであるにもかかわらず、彼らのサウンドは未だに多くのロッカーたちから支持されている。もし、まだレーナードを聴いたことがないのなら、これを機会に聴いてみてください。そして、ついでにサザンロックの本家、オールマン・ブラザーズ・バンドもぜひ!

TEXT:河崎直人

アルバム『One More From The Road』

1976年発表作品

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