匠の相棒

人形に命を吹き込む 人形アニメーター・真賀里文子さんのラジオペンチ

  • 文:LOCOMO&COMO 編集:スケロク
  • 2017年1月11日

50年以上にわたり、人形アニメーションを手掛ける真賀里文子さん

人形を“役者”にするために

 人形を少しずつ動かし、コマ撮りをすることによって生まれる人形アニメーション。真賀里文子さんは、テレビシリーズ「コメットさん」や「コンタック」「ドコモダケ」「液キャベ」など多くのテレビCMを手がけてきた、日本を代表する人形アニメーターだ。

 人形アニメーションは、1秒の動画を作るために30カットが必要だ。1日に撮影できる秒数は、単体の人形を扱う場合で合計40秒ほどが限界だという。現在では、映像技術の発達で、カット数を減らした合成処理も可能ではある。しかし、真賀里さんは、「人の手に依る動きこそ人間をより表現出来る」、これこそ人形アニメーションの神髄ではないかと考えている。

 「ガタガタと人形が動いていると感じさせては、人形アニメーションとはいえません。見ている人が、人形が醸し出す表情と動きを一瞬で感じ取れるように演技しなければいけません。人形は役者と同じ。人形アニメーターは、見ている人から人間の感情を感じとってもらうのが仕事です」

スタジオには、メディアでおなじみのキャタクターが並ぶ

 人形をあたかも生きているように芝居(演技)するために、欠かせない道具がラジオペンチだ。

 ラジオペンチは、人形の足にピンを刺して固定する「ピン差し」のために使われる。真賀里さんは、アニメーターを始めたときから50年以上も同じペンチを愛用している。

 人形には、しっかり固定するための「刺しどころ」が存在するという。この「刺しどころ」は、経験を積んで会得するしかない。きちんと刺しどころを貫いているかどうか、その感触は、ラジオペンチを通して手に伝わるため、長年使い慣れた道具以外は使えないという。

 真賀里さんは、アニメーターになったばかりの頃、人形の足にピンを刺すことに罪悪感を抱いていた。しかし、今は「これでお前はよい演技ができる」という思いを込めてピンを刺す。人形に命を吹き込むことが、最も大切だと考えるようになったからだ。

ラジオペンチは先端が削られ、細かな作業をしやすくなっている

暗室で輝く撮影セットがきっかけに

 真賀里さんがアニメーターになったきっかけは、「日本の人形アニメーションの父」とも呼ばれるアニメーション監督の故・持永只仁さんの会社でアルバイトをしたことだった。

 美術スタッフだった真賀里さんは、ある日、会社の一室の扉からもれてくる光に誘われて、中に入った。暗い部屋は中央だけがライトで照らされ、そこに置かれた島国のセットで持永さんが撮影していた。

 持永さんは、ふらりと部屋に入ってきた真賀里さんに、撮影を見学させてくれた。そして、後日、完成した動画も見せてくれた。

 動画では、撮影の時はじっと止まっていた人形たちが、まるで人間のように動いている。感動した真賀里さんは「これをやりたい」と人形アニメーターを目指す決心をした。

単純な作業でも、突き詰めれば奥が深いと語る真賀里さん

 しかし、人形アニメーションの制作は、やってみるととても難しかった。持永さんから指示された初めての仕事に、真賀里さんは頭を抱えた。

 「いざ、ひとりでやってみるとできない。人形を人間が動いていように演出するにはどうすればよいか。人形を触っては想像し修正する、その作業だけであっという間に一晩がすぎてしまいました」

 真賀里さんの試行錯誤が始まった。人形の関節の角度、上半身と下半身のバランス、歩幅の強弱……。人形に命を吹き込む作業は、寝る間を惜しんで続けられた。

 ひとつずつ技術を身につける日々がしばらく続き、ようやく自分でイメージしたように人形を動かせるようになった。その時、持永さんは初めて真賀里さんをほめてくれたという。

 人形アニメーションを極めることは、動きの本質を理解すること。この本質を捉えることを大切にしながら、真賀里さんはアニメーションをつくり続けている。

人形アニメーターション普及のために

 2007年に設立した「アート・アニメーションのちいさな学校」は、日本で唯一、人形アニメーションの学校だ。真賀里さんは、その学校の校長を務める。

 セル動画やコンピュータグラフィクスのアニメの人気が高まる一方で、人形アニメーションは、一昔前ほどの勢いはない。人形アニメーションの技術を学べる場所が少ないこともその背景にある。

 「絵を描きたい人がいるように、人形アニメーションを学びたい人がいます」

 真賀里さんの学校では、20代から60代までが学ぶ。在学期間に制限はなく、学びたければいつまでも在学できるのだ。人形アニメーションがもつ素晴らしさを伝えるため、精力的な後進育成が続いている。

<今回の匠のプロフィール>

真賀里文子(Magari Fumiko)

 人形アニメーター、演出家。子ども向け作品からCM、特撮アニメーションと守備範囲は広く、これまで関わった作品の数は、CMを含めると1000本以上にのぼる。また、近年はワークショップや講演などアニメーションの教育・育成活動も積極的に行い、「アート・アニメーションちいさな学校設立」の学校長も務める。

 公式HPはhttp://www.magari-office.com/index.html

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