匠の相棒

1本持っていれば全国どこでも仕事ができる、鳶の必需品

  • 文:石川歩 編集:スケロク
  • 2017年12月22日

  

建築現場の「怒号」には意味がある

 建物の梁から梁へ、文字通り「飛ぶ」ことからその名が付いたという鳶。その歴史は江戸時代まで遡るとも言われる。建築技術が発達した現代でも、建築現場に一番に入って囲いを組み立て、最後に囲いを撤去するまで、最も長く現場にいる、建築現場になくてはならない職業だ。しかし、鳶の仕事は囲いの中で行われていることもあり、その内容を知らない人も多いかもしれない。鳶にとって「相棒」の道具は何か? 今回は、東京スカイツリーの現場に携わり、現在は東京都内の大規模開発の建築現場で働く現役の鳶・多湖弘明さんに話を聞いた。

 ひとつの建築には多くの職人が関わる。壁ひとつとっても、地面に墨出しをする、壁の下地となる軽鉄(LGS)を打ち込む、下地に石膏ボードを建て込む、壁紙やクロスを貼る、塗装するなど、多くの職人が関わって建物を建てていく。多湖さんの主な仕事は、現場に搬入される鉄骨を組み立てて建物の構造躯体をつくる、まさに建築物の基礎部分の建築。また、高層建築の場合、鉄骨を上層階まで上げるクレーンを高所で組み立てるのも、鳶の仕事だ。

  

「鳶といえば、怒号の飛び交う現場で働くだぼだぼズボンの人というイメージでしょうか。そのイメージはある意味では当たっています。建築現場は怒号が飛び交うことも多いし、感情的な人が多いのも確かです。ただ、怒鳴ることには意味があって、本当に危ない瞬間に『おい! コラ!』と怒鳴られることで驚いて動きが止まる、この動きを止めることが大切です。次の一歩を踏み出したら危険という状況で、優しく伝えていては遅いんです。現場にいる全員が、危険に対して注意を伝え合っているのが怒号の飛び交う現場です。鳶は高所の作業が注目されがちですが、大切な仕事のひとつは、現場の安全管理です。鳶が集中している緊張感のある現場は事故も起きづらいし、その緊張感は現場全体に伝わります」

これ1本あれば、鳶として生きていける

 多湖さんの相棒は『ラチェットレンチ』と呼ばれる、工事現場では欠かせない道具。日本の建築現場では誰もが持っている道具で、片方がナットを締める機能で、もう片方が『シノ』と呼ばれる鉄骨の穴を合わせたり、鉄線を締める機能が付いている。

  

「僕は若いころ親方に、鳶はラチェットレンチを持っていれば全国どこでもやっていける、と言われました。鳶にとって一番身近にある道具で、絶対に手放せないものです。今日は二つ持ってきて、古いほうは5年使ったところで後輩に貸して壊されたものです(笑)。使い込むとベアリングが滑ってくるのでボルトを締めるのが楽に早くできるようになります。そういう状態になったものを後輩に渡して、僕は新しいものを使っています。

 ボルトを締める機能以外に、重たいものを少し動かしたいときに叩いたり、シノ部分を使ってテコの原理で鉄骨を持ち上げたり、鉄骨の穴と穴を合わせるときに、その穴にシノ部分を差し込んで使うこともあります」

 多湖さんのラチェットレンチは『MCC』のもの。このブランドのラチェットレンチは、長さが30cmなので長さを知る目安になるという。

「現場では30cmが基準になっているものが多いので、ラチェットレンチは巻尺の代わりに使えます。それに、ラチェットレンチの長さを身体に染み込ませておけば、たとえば鉄骨が上に上がってきている状態で素早い判断が必要なときに、ラチェットレンチの何個分かをイメージできて必要な鉄骨のサイズや量が分かる。図面を見たり巻尺で測って確認するのではなく、こういう早い判断をできることが現場では役に立ちます。後輩には、日々の仕事でどんなことを身につければ、どんな状況で役に立つのかという想像力を鍛えるように指導しています」

  

 出来上がりをイメージして、そこにたどり着くまでの合理的な手段を考えられる鳶は、結果的に完成するスピードが違うという。それは、先輩から手取り足取り教えてもらう技術ではなく、昔から鳶が現場で受け継いできた知恵を後輩が体で覚えて、自分なりに洗練させていく類の技術なのだろう。

将来なりたい仕事に、鳶が選ばれたい

 鳶は「一人親方」の形態が多く、個人事業主として様々な現場に行く鳶もいれば、個人の集まりでチームをつくってひとつの現場を担当することもある。基本的に日給制で働き方は多様だが、ゼネコンをトップにピラミッド状になっている建築業界の下部に属する鳶は、どれだけ経験を積んでも日給には限度額があり、そこから給与額が上がらないのが現状のようだ。

 そんな状況のなか2016年に多湖さんは会社を設立した。現在、多湖さんを含めて5人の鳶が所属しているという。

「建築の現場は怖い人たちが集まっていて、きつい・汚いというイメージがあると思うし、そういう側面があることは否めません。しかし、鳶がいないと建物は建たないのは事実で、今は鳶が全く足りていません。
 自分の会社を持つことで、鳶の賃金の改善や社会保障問題について社会や業界に対して会話がしていけるし、従業員にとってどんな給与形態がベストなのか模索できます。僕をここまで育ててくれたのは鳶という職業ですし、この仕事が好きです。なので、これからは業界へ貢献していきたいという思いもあって会社をつくりました」

  

「担当した建物が竣工したときの達成感は本当にすごいものがあります。この建物が、自分の命が終わったその先も建ち続けていると思うと、本当に嬉しくなります。
 人は大人になると、起きている時間のほとんどは仕事をしています。だったら、やっつけ仕事ではなく誇りを持てる仕事をしたほうがいいと思う。僕は、鳶という仕事が、かっこいいと思われる憧れの職業にしたいです。『子どもの将来の夢ランキング』で、鳶を野球選手と並ぶような職業にするのが僕の夢です」

 今も建築現場には課題があることを認めながら、改善を提案していく多湖さんに賛同する人は少しずつ増えているという。江戸時代から続いてきたという鳶の仕事は、これからどんな変化をしていくのだろうか。私たちの頭上で今日も多くの鳶が仕事をしていることに、まずは注目していきたい。

文:石川歩 写真:野呂美穂

[PR]

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

今、あなたにオススメ

Pickup!