&S

認知症も発見してくれる? 車の技術研究の最前線

  • 2017年9月14日

 現在、車のハイテク化が進み、様々な安全運転支援技術を搭載した車が登場している。その先には自動運転の世界も待っている。しかし、技術の進歩が人を置き去りにしたものなら、その先にあるのは決して幸せな車社会とはいえない。そこで人間中心の自動車設計の研究に取り組む、産業技術総合研究所自動車ヒューマンファクター研究センター長の北﨑智之さんに話を聞いた。

写真

北﨑智之さん

――センターが研究理念として掲げている、人間中心の自動車設計とはどのようなものなのでしょうか。

 現在の車は高度に情報化されており、運転中の情報機器の操作など、ドライバーに新たな負担をもたらしています。また、自動運転や運転支援システムには必ず限界があります。逆にどんなに優れた技術でも、運転手が使い方を誤れば、かえって危険をもたらすことにもなります。そこで、あらゆるドライバーにとって安全で使いやすい車を設計するには、人間の認知機能や行動特性、生理機能をより深く解明し、人間を中心に、人間に合わせて車やシステムをつくる必要があるのです。そのため当センターには、脳波計測や人間行動学、生理学や心理学、睡眠などの専門家が所属し、自動車メーカーとの共同研究や産官学連携プロジェクトを推進しています。

写真

ドライバーとしての人間の特性を研究している。左は、テストコースでの運転行動実験。右は、運転中の脳活動計測の様子(写真提供:産総研自動車ヒューマンファクター研究センター)

――最近はサポカーなど、安全運転支援技術を搭載した車の普及も進んでいます。

 自動ブレーキは、事故を減らすうえで非常に有効です。搭載している車は、ドライバーの年齢を問わず衝突事故が減ります。ただ、どうしても高齢運転手は、警報に対する反応が遅くなりがちです。とくに認知機能が衰えている人に対しては、より早めに警報を鳴らす必要があります。そこで、今後の運転支援システムは、運転手の年齢や運転能力、認知機能や健康状態などにあわせて、柔軟に対応できるテーラーメイド型へと進化していくでしょう。

車で病気の診断、認知症の発見を

――運転手が突然、意識を失うなどして多数の死傷者を出す事故も起きています。あのような事故を防ぐことはできないのでしょうか。

 まさに今、そのための研究を、筑波大学病院や東大柏キャンパスおよび複数企業とともにコンソーシアムを作り進めています。ドライバーが脳卒中やてんかん、心臓発作などで意識を失っていないか車が検出し、場合によっては自動的に走行を止める。そのような技術開発を目指し、病気の変化の前兆をとらえるためのデータを集めています。データが集まれば、車内のカメラで運転手を観察したり、ステアリングホイールのなかに血流を検知する装置を組み込んだりして、病変の前兆を察知できると考えています。

――実現すれば、これまでのような悲劇は減りそうですね。

 さらにこの研究を進め、車を病気の診断装置に使えないかと考えています。例えば、認知症の人はワーキングメモリーが衰え、同時に色々なことができなくなります。いっぽう車の運転は、同時に様々なことをしなくてはなりません。そこで車の運転のしかたを観察することで、認知症を早期発見できる可能性があるのです。

 これからの車はクラウドとつながるようになっていくので、コストをかけずに認知症の早期診断ができるかもしれません。さらにその先には、車を活用して運転手の健康維持増進につなげるようなことも考えています。

写真

――自動運転に関してはどのような研究をされていますか。

 自動運転で大きな問題となるのが、予期せぬ事態が起きたときなどの自動運転から手動走行への移行です。実際、100キロで走っている車の運転を途中で代わるといった経験は誰もしていません。そのとき、運転手の心身にどのような変化が起きるのかをしっかり検証する必要があります。我々の研究では、ハンドルを手にしてもすぐにいつものように運転するのには時間がかかることが分かっています。

――自動運転はよそ見をしたり、居眠りをしたりする人が増える可能性もありますね。

 そのような問題に対処するため、現在、自動運転車ではドライバーの状態を監視するカメラの設置を義務づけるべきとの議論も起きています。また自動運転車は、「ある条件ではこの機能は動くけどこの機能は働かない、こういったケースではこの機能は働かない」といったように仕組みが複雑です。一般の人が、それをすべて覚えることは難しいでしょう。

 そこで安全に運転の引き継ぎをするうえで、ドライバーは最低限どこまで知っておくべきなのかを、ドライブシミュレーターなどで検証しています。

写真

実車さながらのドライブシミュレーターで、路上では難しい運転行動データの収集・分析をしている

理想は乗馬のような“人車一体型”

――北﨑さんは、未来の車はどのようなものへ進化していくとお考えですか。

 私どもは国の研究機関なので国の方針と産業界ニーズ次第ですが、アイデアとしては色々と考えています。自動運転についてはレベル1~4までの進化がよく言われますが、それとは異なる未来の車のかたちとして“人車一体”というコンセプトも提唱しています。現在の自動運転の発想は、「ここまではシステムで、ここからは人間」と線を引くため、引き継ぎが問題となるのです。であれば最初から線を引かず、システムとドライバーが一体となって運転をすればいいのではないか、といった発想です。

――具体的に言うとどのようなものですか。

 乗馬をイメージしてみてください。馬は自らの意思をもって歩くため、人が居眠りしていても建物などにぶつかることはありません。簡単な指示を与えるだけで、誰でもある程度は操縦できます。そのうえでプロの騎手などは、様々なテクニックを使い、馬とコミュニケーションをとり、そのポテンシャルを最大限に引き出します。このように、あらゆる段階で、人と車が常に一体となり、力を合わせながら走行するのです。

 例えば、AIを搭載した車がある程度自立走行しながら、様々なセンサーで運転手の状況を読み取り、運転手が疲れているときは自動運転の比重を増やすなど、運転手とコミュニケーションをとりながら走る、といったようなことですね。

――非常に面白いアイデアですね。

 アメリカのドラマ「ナイトライダー」のように自分の意思や感情をもち、ドライバーと対等に話をする車も、まったくの絵空事ではありません。車は単なる移動手段ではなく、人生の相棒的な存在だったりもします。機能性や合理性だけではない部分も大切です。

 例えば、スピードを出すほどエンジン音が大きくなって、頑張っている様子が運転手に伝わるような車があっても面白いと思うのです。人が車を運転するのは、単に移動のためだけではなく、運転する楽しさ、車に乗ること自体の喜びがあるからです。

 私どもはそのようなドライブプレジャーの研究にも力を入れています。そのようなことも含めて、未来の車は技術ありきではなく、まず「人間を知る」ことの先にあるのだと思います。
(文・関川隆 写真・佐々木謙一)

    ◇
北﨑智之(きたざき・さとし)
1985年、京都大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程修了。同年、日産自動車入社。研究所と先行開発部において、乗り心地、車酔い、運転疲労、Human Machine Interface、運転支援システムなど、一貫して人間工学や認知工学に基づいた人間中心設計の研究に従事。1995年、英国サザンプトン大学より博士号を取得。2012年、日産自動車を退社、渡米。アイオワ大学の医学部脳神経内科教授として、主に高齢者の運転や病気と運転の研究に従事。2015年から現職。

人に優しいクルマ社会へ
[PR]