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欧州セーフティードライブ事情 「運転好き」「おしゃべり好き」ゆえに……

  • クルマのプロは語る 第2回
  • 2017年9月1日

 年々減少傾向にあるとはいえ、けっしてなくなることのない交通事故。自動車メーカー各社が、最先端技術を用いた安全性の高いクルマを開発し、官民挙げてセーフティードライブについての啓蒙(けいもう)活動が行われている。では、欧州のセーフティードライブへの取り組みは? イタリア・シエナ在住のコラムニスト、大矢アキオさんにリポートしていただいた。

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若者の関心を呼ぶ「体感型」

 筆者がイタリアに住み始めた20年前、路上で驚いたことといえば、排気量50cc以下のいわゆる原付き2輪を運転するのにヘルメットが不要だったことだ。さらに、そうした原付きは14歳になると無免許で乗れた。隣国フランスでも1988年生まれ以前なら、当時は同様に免許不要だった。

 やがてヘルメットが義務化され、EU基準の整備に準拠して免許も導入された。
だが今日でも簡単な学科と実技試験で、14歳から運転できる。「AM」と名付けられたEU共通のこの免許で、イタリアやフランスでポピュラーな超小型4輪乗用車(マイクロカー)や軽便トラックも運転可能だ。

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14歳から乗れるマイクロカー。2016年パリ・モーターショーで

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イタリアでは、このような軽便3輪トラックも14歳から乗れる。普通免許取得可能年齢(18歳)を待ちきれない一部の若者たちに人気だ

 かくも若者が早くから路上デビューできるイタリアでは、日本のJAFにあたる自動車クラブや民間業者が、若者が集まるサーキットやイベント会場で、2輪・4輪車を用いたスクールをたびたび開講している。

 インストラクターには現役のラリードライバーも少なくない。筆者の知人で、イタリア屈指の自動車都市トリノに住むアルベルトさんもそのひとりだ。競技に参加するかたわらで、週末にインストラクターを務めている。ちょっとした副収入になるうえ、受講生の若者たちも、ほぼ同世代の彼からレッスンを受けられるのは、友達感覚でよりリラックスできるようだ。

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トリノの自動車愛好者イベントで、講師を務めるアルベルトさん。後輪にドリフトを発生させる装置に走行中も乗って熱烈指導

 また、スイスの山岳地方では、雪上ドライビングスクールが、民間経営のミニサーキットで冬の間に開講されているのを目にする。

 こうした講座が実施できるのは、身近にサーキットがあり、広い敷地が確保できるという恵まれた環境があるヨーロッパだからこそといえる。
しかし若者が魅力を感じる「スピード」「ドリフト」といった要素を盛り込みながら、車がいかに制御しにくい挙動を示すシーンがあるかを教える、体感型学習は評価に値する。

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スイス・ルツェルン郊外にある雪上ドライビングスクール

 同時に、そうしたイベントの場で、救急隊が交通事故現場での救命活動を実演するのも、よくある光景だ。
イタリアなどでは救急隊員の多くは、救急車の運転手やドクターカーの医師を除いて大半がボランティアに頼っている。
前述のアルベルトさん同様、インストラクターは若者たちのちょっとお兄さん・お姉さん世代だ。彼らによる応急措置のデモンストレーションは、若者たちの関心をおのずと向上させる。

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筆者が住むシエナで。自動車イベントの一角で繰り広げられた救助隊の模擬交通事故現場における応急措置デモンストレーション

欧州ドライバーならではの矛盾

 ところで日本では近年、高齢者による交通事故が社会問題となっている。大きな原因のひとつは、オートマチック車のアクセル/ブレーキの踏み間違え事故だ。

 しかしヨーロッパでは、それが大きなニュースとなった記憶がない。背景にはオートマチック車の普及率がいまだ低いことがあろう。例として、フランスで2017年1-10月に販売された乗用車のうち、AT車は全体の約4分の1の24%にとどまる。
マニュアル車の発進に必要なクラッチ操作というワンステップが、暴走事故を極端に抑えていることが考えられる。

 いっぽう、日本同様に増加しているのは、高齢者による逆走事故だ。
イタリアでは、今夏も6月にジェノバで81歳の運転者が、7月にはレッジョ・エミリアで85歳のドライバーが逆走事故を起こした。
道路会社は以前からサービスエリアなどの進入禁止標識を、より目立つものに掛け替えるなど対策を講じている。しかし、日本で最近導入されているような、運動・認識能力低下を本人に認識させる取り組みは、まだこれからである。

 ヨーロッパ各国で今日、それ以上の問題は運転中の携帯電話やスマートフォンの操作による事故である。欧州圏内では2015年に、26,302人が交通事故で死亡しているが、飲酒運転・速度超過に加えて、携帯電話の使用による不注意が大きな原因として浮上している。

 確かに筆者も運転中にバックミラーを見ると、後続車のドライバーがスマートフォンを操作していることが多々ある。ヘルメットと頬(ほお)の間にスマートフォンを挟んで、通話しながら運転している2輪ライダーも、一度ならず目撃したことがある。

 背景には、南欧を中心にした「話し好き」がある。とくにイタリア人は自他共に認める話し好き。電車やバスに乗っていれば、周囲の人の話す内容から彼らの今日の晩飯までわかってしまうほどだ。

 携帯に起因する事故を重く見た欧州道路安全監視委員会(erso)は、2015年の報告書で対策として、実態調査とデータ収集の継続、法規制、車両のハンズフリー通信技術、そして啓蒙活動の強化を明らかにしている。

 それ以前から、各国ではさまざまな取り組みが行われてきた。
ひとつは、教育機関向けの啓蒙ビデオだ。とくにイギリスで制作されたものは事故の再現がかなりショッキングであるが、運転中に注意を逸らすことの危険性をアピールするには十分である。
高速道路では電光掲示板に「チャットするな」の表示が出るようになった。
法律面でも罰則の強化や反則金額の引き上げが行われているほか、イタリアでは速度とともにドライバーが使用中の映像も記録できる新型取締カメラの導入も試験的に進められている。

 一部の自動車雑誌も、運転中の携帯の危険性を訴える。イタリアを代表する自動車誌「クアトロルオーテ」は、一般ドライバーをテストコースに招いてスマートフォンを運転中に操作させ、いかにブレーキを踏むタイミングが遅れるか、車線を外れてしまうかなどを体験させる企画を実施している。

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イタリア・シエナの自動車学校における学科教習の様子

 欧州のドライバーは、日本人と比べて「車は自分で操りたい」という意識が今も強い。前述のATの低い普及率もそれを示している。中古車検索サイト「オートスカウト24」が2015年8月に発表した調査によると、イタリアで「自動運転を受け入れる準備がある」とした回答者は、わずか14.9%にとどまった。

 自動運転は車の安全性を向上させるひとつの手段として有望視されているが、ヨーロッパ人のマインドに馴染ませる道のりは、米国や中国よりも時間を要するものと思われる。

 自ら操作して運転したい。しかし通話やメッセージを通じて、いつでも他の人と繋がっていたい――その矛盾をどう解決していくかが、ヨーロッパでの課題だ。

(文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)

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大矢アキオ(おおや・あきお) Akio Lorenzo OYA
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。東京生まれ、国立音大卒(ヴァイオリン専攻)。二玄社『SUPER CAR GRAPHIC』編集記者を経て独立。30歳でイタリア・シエナに渡る。現在、雑誌、ウェブに連載多数。実際の生活者ならではの視点で、ライフスタイル、クルマ、デザインに関する情報を発信している。著書に「イタリア式クルマ生活術」(光人社)ほか。

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