京都非公開文化財特別公開

ロシアの様式美伝える113年 現存最古の木造聖堂 京都ハリストス正教会

  • 文・桝郷春美(フリーライター) 写真・井上成哉
  • 2016年9月28日

壁一面を飾る聖障(イコノスタス)。聖人などを描いた30枚の聖像(イコン)で構成される

  • 壁一面を飾る聖障(イコノスタス)。聖人などを描いた30枚の聖像(イコン)で構成される

  • 壁一面を飾る聖障(イコノスタス)

  • 京都ハリストス正教会の生神女福音大聖堂。1903(明治36)年に完成した

  • 京都ハリストス正教会の及川信神父

  • 壁一面を飾る聖障(イコノスタス)

  • 金属製の凱旋旗

  • 聖障(イコノスタス)の一部

  • 日露戦争で捕虜となったロシア兵が帰国後に贈った聖像

  • 生神女福音大聖堂の鐘楼

 神社仏閣が多い京都で、ロシア正教会から伝わった建物が113年もの間、街中に息づいているのをご存知でしょうか? 京都市中京区にある京都ハリストス正教会の大聖堂が、10月28日から11月7日まで開かれる「京都非公開文化財特別公開」(京都古文化保存協会主催)で初めて一般公開されます。古都・京都で一世紀以上、変わらない姿で祈りが捧げられてきた場所。ロシア・ビザンチン様式の日本最古の大型木造建築が生き残る貴重な大聖堂です。

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 「ハリストス」とは、キリストのギリシャ語とスラブ語(古ロシア語)の読みをカタカナで表したもの。日本ハリストス正教会は江戸末期、日本に布教にやって来たロシア正教会の司祭ニコライによって創建されました。ロシア正教会は、東方正教会の一つ。東方正教会の流れをくむ日本ハリストス正教会の西日本主教地区の拠点が、京都ハリストス正教会です。聖堂の正式名称は「京都生神女福音(しょうしんじょふくいん)大聖堂」。聖堂名は聖書の中に出てくるテーマから付けられており、「生神女福音」は受胎告知のことを表します。

 大聖堂に入るとまず目を奪われるのは、ハリストスや生神女マリアをはじめとする聖人や、聖書の中の出来事を描いた聖像(イコン)と言われる絵画30枚から成る聖障(イコノスタス)。壁一面を飾る巨大な聖障の光景は圧巻です。帝政ロシア時代のモスクワで製作された聖像をはめ込み、明治期の聖堂の成聖式(完成式)に合わせて、枠組みごとロシアから届けられたこの聖障は、全体の構成が特徴。天井に届くほどの高さの3段構成で、30枚もの聖像が掲げられているのは、日本の正教会では珍しいそうです。

 聖堂名と同じ「生神女福音」の生神女マリアの聖像も向かって右手、中央から3番目に飾られています。明治時代にロシアで聖像を学び、日本人のための聖像を描き続けた山下りん(1857~1939)作の一枚です。なお特別公開時は、神父や定められた人しか立ち入ることができない至聖所(しせいじょ)で祈りを捧げる時に使われる、帝政ロシア時代後期に作られた銀製の聖器物の数々も見ることができます。

「もっと評価されていい」

 この教会が建てられたのは1903(明治36)年。八角塔と玉ねぎ型のドーム屋根が特徴のロシア・ビザンチン様式で出来ている木造教会で、後に全国各地で建てられた正教会のモデルとなりました。1986(昭和61)年、京都市の有形文化財に指定。この教会の文化財としての価値について、及川信(おいかわ・しん)神父(56)はこう話します。「全国の正教会の聖堂のほとんどが火災や関東大震災、第2次世界大戦の空襲などで失われてしまい、明治期の大型の本格的な木造聖堂建築は他に残っておらず、この大聖堂は現存する最古のものです。私たちはこの正教会の木造建築の素晴らしさを皆に伝えないといけないと思っています。そして、この教会が手本となって作られた正教会の聖使徒福音者馬太(せいしとふくいんしゃまたい)聖堂(愛知県豊橋市)や復活聖堂(北海道函館市)は、既に国の重要文化財に指定されていますが、原点と言える京都の大聖堂は国の指定を受けておりませんので、もう少し評価されていいのではないかという思いがあります」。

 京都ハリストス正教会の設計者は、京都府に勤めた建築技師の松室重光。聖堂のインテリアをよく見ると、和洋折衷のデザインになっていることが分かります。「単に外国のものを持ち込んだだけではなく、京都の地元の大工さんが造作に参加し、金具やガラスなども地元で調達しています。明治期の日本の職人技も合わせてご覧になれます」と及川神父は言い、その一部を紹介してくれました。シャンデリアは、本体そのものはロシアから届けられたものですが、天井の壁には取り付け部分を中心に大きな円が描かれ、中には装飾が施されています。手作りガラスを使用したガラス窓は、目を凝らして見てみると、ガラスの表面が波打っていて中に細かな水泡があり、手作りならではのニュアンスが見られます。他にも、階段の手すりの彫刻細工や、ドアノブ、ドアの鍵などもシックなデザインで、丁寧な仕事が伺えます。細かな所で、明治期の洋風建築の工夫を発見できるのも拝観の楽しみの一つです。

「イコンの修復をしたい」

 実は、この教会が建てられた翌年、日露戦争が勃発しました。その次の年には、ロシア兵が捕虜となり、京都でも市内の4寺院に捕虜収容所が設けられ、日本人司祭が慰問を行っていたそうです。当時の京都正教会の活動について、及川神父はこう話します。「捕虜収容所があった東福寺に神父が慰問に行き、病気の時のお祈りなどを行っていました。また、読み書きができないロシア兵捕虜も結構いたことから、その人たちが自国の家族に無事を知らせる手紙を書くのを手伝っていて、とても感謝されたようです」。ロシア兵捕虜が帰国の際には、聖ニコライの2枚の聖像を寄贈し、それらは現在も聖堂に飾られています。

 聖堂の外観は、2016年3月に大がかりな修復を終えたばかり。外壁のミントグリーン色が特徴でしたが、今回クリームがかった白色に変更されました。「70~80歳ぐらいの信者さんが、『子どもの頃に見ていた色と違う』とおっしゃっていて、皆さんの記憶に近い色に戻しました」とのことです。

 修復にはこんな悩みもあります。第2次世界大戦時、京都では戦火は免れながらも、聖堂の建物疎開の命令を受けて、聖障も解体せざるを得ない状況になったそうです。「絵を一枚一枚外し、筵(むしろ)でくるんで荷造りをし、馬車で運ぶ寸前までいって終戦を迎えました。その時、かなり絵を傷めています。本当は絵の修復もしたいのですが、そこまで費用が回らないという悩みがあります」と及川神父。なお、今回の「京都非公開文化財特別公開」の拝観料収入は、文化財の修理や保存に役立てられます。

 「正教会の聖堂は、人と自然に寄り添うような様式美の空間が特徴です。聖堂の中は柱が無くて、立体的な空間造形。オーソドックス・チャーチの宇宙観を聖堂に入って体験して頂きたいです」。京都ハリストス正教会を訪れることで、古都・京都の歴史の奥深さをまた違った角度から知ることができます。それはきっと、訪れた人の世界観が広がる体験となるでしょう。

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