蓬萊島-オキナワ-の誘惑

離島で生まれる本場のフランス菓子 「Ringo Café」

  • 文・写真 馬渕和香
  • 2016年11月7日

沖縄本島北部の瀬底島に今年オープンした小さなフランス菓子店「Ringo Café」。フランス人パティシエがつくる本場のお菓子をのどかな離島の風景とともに味わえる

 お菓子づくりに向かうとき、ヴァンサン・ドロメールさんは「ほかの人」になる。

 目にはレーザーのような鋭い光が宿り、触れたら「あちち」とやけどしそうなほどの集中力が全身にみなぎる。

 「多分、ほかの人が(自分に)入る。ほかの世界にワタシ入る。手がひとりで動いて、頭がどっか行っちゃう。身体と頭が別になる。でもみんなそうと思う。好きなことをやると、なんか、ほかの人になるんじゃない?」

看板商品のマカロンは20種類をつくる。泡盛やさんぴん茶など沖縄ならではのフレーバーも。ひとくちの中に素材の味が幾層にも折り重なる

 ドロメールさんの「ひとりで動く」手が、焼き上げたばかりの80個のマカロンの皮の上に、沖縄の塩を少し混ぜたキャラメルクリームを絞り出していく。機械のように正確なリズムと速さ。最後の1個まで、おそらく2分とかからなかった。

 出来上がったのは、端正な、気品すら漂わせるマカロン。でもドロメールさんは不満だった。

 「今日のマカロンの皮はあんまり良くないよ。柔らかすぎたし、ちょっと大きすぎる。かたちも丸くない。ちょっとナガマル(長丸)。あと、おっきさ別々」

「できれば(マカロンの大きさは)1ミリしか違いたくない」とドロメールさん。「マカロンつくるときは考えないほうがいい。考えないと大きさは同じになる」

 「別々」と言ってもバラつきはせいぜい2ミリか3ミリ。手作業なのだし、そんなに完璧には行かないのでは、と言うと真剣な目でこう言った。

 「いやいや行けるよ。ちゃんとやったら。ちゃんと気をつけたら」

15歳でつくり始めたレシピブックは「分からない」ほどの数に。「ちゃんと使っているのは汚い」。いまもコツコツとつくり続けている

 ドロメールさんはフランスのノルマンディー地方で生まれ、屋根職人の父と料理好きな母のもとで育った。6歳のときに、児童雑誌にあった子ども向けのレシピでマーブルケーキをつくり、衝撃的な楽しさを味わった。

 「材料触ると楽しかった。今からなんかおいしいものができる(とワクワクした)。多分一回目はちょっと失敗して、マーブルになってなかったと思う。混ぜ過ぎると全部ココアになっちゃうから。でもそのレシピ、何回もやった。次もっと頑張ろうって」

 耳で覚えたという上手な日本語でドロメールさんが言った。

マカロン以外にも、写真の塩キャラメルのシュークリームなど様々なお菓子をつくる。食感のしっかりしたシューと、濃密なのに後味が軽やかな二種類のクリームが舌に長い余韻を残す

 6歳にしてパティシエ(菓子職人)になる決心をしたドロメールさんは、15歳で中学を卒業するといよいよ夢に向かって邁進(まいしん)した。6年間で3つの製菓学校に通い、同時に店でも働いて現場の経験を積んだ。

 そして21歳のとき、マカロン製造で80数年の歴史をもつ高級菓子店「ラデュレ」に採用された。

 製パン部門に配属されたドロメールさんは、来る日も来る日もクロワッサンやブリオッシュをつくった。でも、本当につくりたいのはパンではなくお菓子。次第にもどかしさが募り、「気持ちが暗くなって」いった。

仕事をしている時とは別人のようにリラックスしたドロメールさん。塩釜では東日本大震災に遭った。幸い被害が軽く、2日後に店を開けた。「お客さん喜んだ。街がまだ動いてるみたいって」

 結局、半年でラデュレを辞めて、パリの小さな店に移った。そこで、ワーキングホリデーで日本から来ていた田所慶子さんと出会い、結婚。田所さんの実家のある宮城県に移住し、塩釜市で菓子店「りんごの木」を開いた。

 「(店名の“りんご”は)私、りんごが大事だから。実家のあるノルマンディーはリンゴの有名なところだから」

古民家の家畜小屋をかわいらしく改装したRingo Café。ドロメールさんは、沖縄に初めて来たとき「見たことのない海」に感動したという。「この海の色は知らなかったよ」

 「りんごの木」は遠方からも客が訪れる人気店だったが、「毎年バカンスに来ていた」大好きな沖縄で趣のある古民家を見つけると「我慢ができなくなって」、今年の春家族4人で引っ越した。

 そして5月、庭の家畜小屋を改装して「Ringo Café」をオープンした。はじめの数カ月は「(お客さんが)ときどきゼロ」という日もあったが、「おいしいマカロンの店」という評判が地元の瀬底(せそこ)島はもちろん、島外にも広まり、遠く那覇や別の離島から足を運ぶ人も徐々に増えてきた。

「おいしいケーキ屋さんが出来たと友だちから聞いて」訪れたという上間千恵子さん。「お昼を抜いて来ました。甘すぎず、あっさりしすぎずでおいしい」

 「私、ケーキしかつくれないから、私のケーキ食べたい人がいたらうれしい。日本語できなくても、ランゲージ違っても、私のケーキ食べてもらったらコミュニケーションできる」

 6歳のときからパティシエになる夢にまっしぐらに進んできたドロメールさん。商品の出来に満足できないときは「早くしまいたい」と思うほど“完璧主義”の彼が精魂込めてつくる本場のフランス菓子は、のどかな島の小さなカフェを舞台に、これから多くの人の味覚や心と「ランゲージ」を交わしていくことだろう。

    ◇

Ringo Café
沖縄県国頭郡本部町瀬底279
0980-47-6377
9:00~18:00(月曜休)
ネット通販も行っている(http://oisi-okashi.com/

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PROFILE

馬渕和香

馬渕和香(まぶち・わか)

ライター。元共同通信社英文記者。沖縄本島北部、やんばるの丘に建つパステルブルーの小さな古民家に暮らして18年。汲めども尽きぬ沖縄の魅力にいまなお眩惑される日々。沖縄で好きな場所は御嶽(うたき)の森。連載コラムに「沖縄建築パラダイス」(朝日新聞デジタル&M)、「オキナワンダーランド」(タイムス住宅新聞)がある。

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