世界美食紀行

“モーツァルトの街”でコーヒーを オーストリア(4)

  • 文・写真 江藤詩文
  • 2017年1月10日

アルプスの山々を背景にヨーロッパらしく美しい景観が楽しめるザルツブルク。ザルツァッハ川ではザルツブルクの街並みと自然を眺められる観光クルーズを運行していて、こちらもおすすめ

 アインシュペンナー(ブラックコーヒーにホイップクリームをのせて専用グラスで出されるいわゆる“ウィンナコーヒー”)にメランジュ(エスプレッソとフォームミルク)、ブラウナー(エスプレッソとクリーム)……。「コーヒー」のページに並んだメニューはずらりと全11種類。

ザルツブルク最古のカフェで、モーツァルトも訪れたとされる「カフェ トマセリ」はザルツブルクのカフェ文化を体験するのにぴったり。目の前を馬車が行き来するのも当時を感じさせてくれます 

 モーツァルトの街ザルツブルクは、街中に音楽が流れているような華やかな“音楽の都”であるとともにカフェめぐりが楽しい街です。「ユネスコ世界遺産」に登録されている旧市街(ザルツブルク市街の歴史地区)の散策に疲れ、クラシカルな趣のあるカフェに立ち寄りました。さすがカフェ文化が発達したオーストリア、コーヒーメニューの充実ぶりは想像を超えています。ところで余談ですが、ヨーロッパらしい石畳が美しい旧市街の中心部(観光地)の面積は、なんと新宿駅よりも小さいそう。ぐるっと歩いて回れるなかに、たくさんの見どころがつまっています。新宿駅を使い慣れた私には、たとえ小路に入り込んで道に迷っても“しょせん新宿駅”と思うとすごく心強い。

焼き立てアツアツをスプーンでそっとすくって味わう「ザルツブルガーノッケル」。甘さが強めで見た目はボリュームがありますが、スフレなので意外と食べやすい。甘酸っぱいベリーのソースが添えられていました 

 ザルツブルクの人たちは“コーヒーとともにケーキを欠かさず、ディナーメニューはデザートから選ぶ”と言われるくらい甘いものが好きとか。ザルツブルクを囲む三つの山をかたどったといわれる「ザルツブルガーノッケル」は、ザルツブルク州を代表する郷土菓子。これはメレンゲにクリームなどを混ぜてオーブンで焼き上げたふわふわのスフレで、舌にのせた途端に淡雪のように消えてしまうはかなさが特徴です。作り置きができず、注文が入る度いちからつくり始めて手間がかかるため、近ごろは提供するカフェやレストランが少なくなってしまったそうですが、16世紀ごろからハプスブルク家の食卓にも登場したとされる伝統あるデザートです。ほかにもモーツァルトの顔マークつきチョコボール「モーツァルト クーゲルン」の本家でオリジナルレシピのフレッシュなチョコレートをつまんだり、ザルツァッハ川のほとりにたたずむ「ホテル ザッハー ザルツブルク」でウィーンのものと同じザッハートルテを味わったり。この街ではほんと、甘いものには事欠きません。

こちらもゆで立ての温かいデザート「トプフェンクヌーデル」。ジューシーで口溶けがよく甘さと酸味のバランスが絶妙。すっかりハマって他店でも注文したところ、パサパサで口当たりも悪く残念……

 個人的にはスイーツよりお酒のつまみ系のしょっぱいものを好みますが、そんな私がザルツブルクでハマったデザートがありました。あっさりしたフレッシュチーズの一種をお団子状に丸めてゆでた「トプフェンクヌーデル」です。旧市街から路線バスを乗り継いで20分ほどかかるため、通りすがりの観光客が突然来ることはあまりなく、わざわざこのために来た旅行者と常連客だけが知っている「ガストホフ(レストラン付き民宿)」の名物がこれでした。

「ガストホフとして地のものをおなかいっぱい食べてほしい」という料理長のもうひとつのスペシャリテは肉料理。山に囲まれた土地柄、昔から魚より肉がよく食べられてきたそう。付け合わせのキノコもここの名物

 いま、世界では料理をどんどんイノベートして革新的にデザインするのがトレンドです。それなのに、それを知りながら「伝統的なひと皿をより磨き上げたい」と、27年間昼も夜も休むことなく厨房でトプフェンクヌーデルをゆで続けた料理長。一見すると何の変哲もないレシピですが、それはここでなければ味わえない作品に到達していました。

ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」のロケ地になった「レオポルツクロン城」。湖に沿って遊歩道が延びていて、水鳥が羽を休めたり、地元の人たちがイヌの散歩をしたりしていました  

 ザルツブルクはウィーンに並ぶともいわれる“美食都市”で、ミシュランの星つきレストランもいくつかあります。ある夜、そのうちの一軒を訪れました。正直に言って話を“皿の上”に限ると、いまでは伝統的なヨーロッパの都市をしのぐ美食都市が世界各地で台頭しています。たとえば食材の質の高さなら日本、最先端技術を用いた斬新な調理法なら日本を含むアジアやスペイン、強いメッセージ性を持った革新的な料理ならノルディックというふうに。それでもヨーロッパの古都のレストランには、ここにしかない魅力があります。

ミシュランで1ツ星を獲得しているザルツブルクの名店「エスツィンマー」のひと皿。料理に合わせるグラスワインや、チーズや食後酒をバリエーション豊富に揃えるなどトータルで完成度が高い

 それは“サービススタッフ”と“客層”。スーツをパリッと着こなし、背筋のすっと伸びた初老の給仕長は、ワインや葉巻はもちろん政治・経済からオペラにいたるまで精通し、どんなゲストとも会話を盛り上げていました。素敵にドレスアップしたゲストは私以外みなカップルで、ダイニング中央の上席に案内されるのは、若くても60代くらいのカップルばかり。この夜はカナダから来たハネムーナーの次に私が年少のゲストでした。

こちらも「サウンド・オブ・ミュージック」のロケ地になった「ミラベル宮殿」。映画に登場したバラのアーチやペガサスの噴水、ドレミの階段など絵になる見どころがたくさんあります

 レストラン文化が成熟し、大人のためのものとして定着しているザルツブルク。気負いなどまったくなく、気軽に楽しみながらも優雅で洗練されたゲストの振る舞いはまさにヨーロッパというしかない存在感で、特にシニア女性の美しさに私はもううっとり。いつかあんなシニアになって、もう一度出直したいと思います。

私がもっとも気に入ったアクティビティーが「ヘルブルン宮殿」の「仕掛け噴水」。ヘルブルン山から湧く天然のミネラルウォーターを使った噴水が庭園のあちこちに隠されていて、ナビゲーターの采配で突然水が噴出します。ツアーが終わるころには全員びしょぬれでした

■MEMO:旅の交通

 ザルツブルクは旧市街だけなら徒歩で回れます。また、公共交通機関として市営バスが市内を網羅しており、中央駅を中心に近郊へも乗り継げるので個人旅行でも安心です。一回券や1時間乗り放題の「1時間券」もありますが、何カ所か移動するなら「24時間パス」がお得。主要な観光スポットが入場無料になりバスの乗り放題が含まれるツーリストカード「ザルツブルクカード」も便利です。

■取材協力:

ザルツブルク市観光局

フィンエアー

レイルヨーロッパ

・モラス彩子

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PROFILE

江藤詩文""

江藤詩文(えとう・しふみ)

トラベルジャーナリスト、フードジャーナリスト、コラムニスト。その土地の風土や人に育まれたガストロノミーや歴史に裏打ちされたカルチャーなど、知的好奇心を刺激する旅を提案。趣味は、旅や食にまつわる本を集めることと民族衣装によるコスプレ。著書に電子書籍「ほろ酔い鉄子の世界鉄道〜乗っ旅、食べ旅〜」シリーズ3巻。「江藤詩文の世界鉄道旅」を産経ニュースほかで連載中。

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