京のひと皿

冬のごちそう 「ひつじ」のドーナツ

  • 文・写真 村瀬佳子
  • 2017年2月16日

寒い日にほかほかのドーナツをほおばるしあわせは、老若男女を問いません。はんなり、やさしい生地の中に、頑固な京の職人魂がつまっています

  • 寒い日にほかほかのドーナツをほおばるしあわせは、老若男女を問いません。はんなり、やさしい生地の中に、頑固な京の職人魂がつまっています

  • 次々と手際よく並べられる揚げたてのドーナツ。生地は、天然酵母のふわふわタイプと、発芽玄米を練り込んだもちもちタイプの2種類

  • 京都御所の南に佇む店舗。近くの小学校に通う子どもたちが「いいにおいだね」「ドーナツ食べたいね」と話しながら登校する風景は、この界隈の朝の定番

 「今日も寒おすなぁ」(*1)。京都に暮らしていると、あいさつがわりの天気の話が、そこかしこから聞こえてきます。軒を寄せ合う京の町家の近所づきあいでは、ごく当たり障りのない話題を選ぶことが、長い時を経て育まれてきた暮らしの知恵なのかもしれません。

 さて、一年でもっとも京都の底冷えが厳しい2月、如月(きさらぎ)。寒さのために衣を重ねることから、衣更着の字があてられることもあるこの時季に、ひときわ恋しくなるのが温かい食べ物です。

 お茶席などで、思いがけず出される蒸したての酒饅頭(まんじゅう)などは、亭主の心づくしに身も心も温まる、まさに冬のごちそうと言えます。「ごちそう(馳走)」とは、客のために馬を走らせて食材を集め、準備に奔走する、もてなしの心を映した言葉。お金ではかることのできる「高級」とは別の、手間ひまをかけた「特別」なおいしさを表すものです。(*2)

 『京のひと皿』2枚目は、そんな「ごちそう」と呼ぶにふさわしい、店主のこまやかな気遣いと職人気質が感じられる『ひつじ』のドーナツをご紹介いたします。そこは京都御所の南。甘い香りに誘われて人々が絶え間なく集い、カウンター越しに見える厨房(ちゅうぼう)から次々に運ばれてくるドーナツに心を躍らせる名店の、しあわせのひと皿です。

 できたてのおいしさを提供するために、少量ずつ仕込んで一日に何度も揚げるという生地は、もちもちふわふわ。まだ湯気を立てているドーナツをほおばる幸福たるや、言葉にはしつくせません。

 旅に出ると、その土地ならではのものに心惹かれます。「京都産の素材を使っています」「京風です」とうたう名産品にももちろん魅力はありますが、本当の京都らしさって何だろう、と考えたときに浮かんだのが、この『ひつじ』のドーナツでした。

 前身はパン職人というご主人がつくるベーカリードーナツは、長年培われた製パン技術が凝縮したこだわりの結晶。低温長時間発酵で酵母がゆっくりと呼吸できる環境を整え、高加水製法のデリケートな生地を繊細かつ巧みに操る仕事ぶりからは、おいしさにこだわり通す姿勢がうかがえます。ご主人の物腰のやわらかさとは裏腹に、京の伝統職人に通じる「妥協のなさ」が込められているというところが、実に京都らしいのです。

 そして何より、本当の「京都ならでは」とは、観光客だけでなく、地元の人々に愛されてこそ。ご近所の常連さんが足しげく通う姿を目にするたびに、「本物」だなと実感します。

 はんなり、やさしい、ふわふわの中にある、頑固な職人魂。ひと通りの名所を巡った後には、ぜひ、ひと味違った京都を味わっていただければと思います。

*1 「今日も寒いですね」の意

*2 「えらいごっつぉう(ごちそう)やね」と言われれば、それは最大の賛辞

旅のメモ帖

 揚げたて(*)のドーナツの袋から漂う香りとぬくもりは、店を出たらすぐにほおばりたくなってしまう、あらがえない誘惑です。おみやげには、『hohoemi』(『ひつじ』の前身で、かつてご主人が営んでいた人気ベーカリー)の名を冠したラスクを。天然酵母の豊かな風味を香ばしいキャラメルが引き立て、かみ締めるたびに口中においしさが広がります。

*ひとつひとつていねいに仕上げられるため、常に揚げたてばかりがそろうわけではありません。ほかほかを味わいたい時は、お店の方に尋ねてみてください。持ち帰り用には家での温め直しができるように、トッピングシュガーを別添えにしてもらえるのも、心づくしのひとつです。

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ひつじ

住所/京都市中京区大炊町355-1
電話番号/075-221-6534
営業時間/11時~18時 
定休日/日・月・火曜日、ほか不定休

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PROFILE

村瀬佳子(むらせ・よしこ)

Chisen「菓子店千茜」主宰、翻訳者。京都生まれ京都育ち、東京と仏ローヌでの武者修行ののち京都にUターン。2015年1月、京都岡崎に開業したフランス菓子店をひとりで切り盛りする傍ら、菓子教室や味覚教室、子どものためのアトリエ活動を行う。日本とフランスの製菓材料企業でのプランナーを経て、生産者とのつながりを大切に、素材ひとつひとつにこだわり、しあわせの香りが口いっぱいに広がるような菓子と料理、食べることのたのしみを提案する。http://chisen.main.jp

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