蓬萊島-オキナワ-の誘惑

沖縄の森で感じる、科学の新時代「沖縄科学技術大学院大学」

  • 文・写真 馬渕和香
  • 2017年5月22日

創設から6年、沖縄科学技術大学院大学(OIST)は世界の科学者も注目する科学教育・研究機関になりつつある(©OIST)

 絶滅危惧種も棲(す)む樹海の真ん中で、世界中の科学者がナノサイエンスやゲノミクスといった最先端の研究を行っている施設というのは、日本でここだけかもしれない。

 ここは、沖縄科学技術大学院大学。略称OIST。50を超える国と地域からやって来た約400人の科学者たちが、東シナ海を臨む森の中で、世界的に権威ある科学誌の「Nature」や「Science」にも掲載される研究を行っている。

 「世界中からトップレベルの教授や学生たちがOISTに集まってきています。いつの日かOISTは、人々が歴史を振り返り、その名を思い浮かべるような場所になるかもしれません」

 アメリカやヨーロッパの一流大学や研究所で長年広報を務めた経験を持つニール・コールダー副学長(広報担当)はそう話す。

近隣地域との接点になるようにという意図を込めて大学の正面入り口に門前町のように配置された寮。自然発生的にできた街をイメージして設計された

 OISTは2011年、沖縄振興策の一環として小泉内閣が設立構想を打ち出してからちょうど10年目に、科学技術分野の“世界最高水準”を目指す大学院大学として本島北部の恩納(おんな)村に創設された。

 「世界クラスを目指す教育・研究機関をまったくのゼロからつくり上げる機会を与えられた。我々はいわば、まっさらなキャンバスに一から絵を描いていく画家のようなものです」

OISTは見学自由。トンネルギャラリー(写真)の入り口で受付をするだけで中に入ることができる。週に3回、無料のガイド付きツアー(要予約)も行っている

 OISTがどんな“絵”を描いているかを知りたければ、部分的ながら一般にも公開されているキャンパスに足を踏み入れてみればいい。ほかにはない教育・研究施設の姿を目にすることができるだろう。

 そもそも、キャンパスの入り口からして、OISTは強い独自性を放っている。そこに立ち並ぶ、まるでヨーロッパの街並みのような美しい建物群は、実は学生や研究者のための寮だ。OISTでは、近寄り難いイメージを持たれやすい大学という場所を身近に感じてもらうために、寮を正面入り口に配置している。

貴重な生態系を守るために、建物は沢のある谷筋を避けて建てられている。右のセンター棟と左の研究棟の間をつなぐブリッジは「スカイウォーク」と呼ばれる

 “美しすぎる寮”のエリアを通り過ぎると、打って変わって近未来的な建物が前方の森に現れる。OISTの中核施設である研究棟と管理棟だ。なぜか、長いトンネルとエレベーターを使わないとたどり着けない丘陵の尾根に建っているが、これには理由がある。キャンパスの総括設計者である岡本隆さんが言う。

 「普通、丘に施設を建てるときは、途中で丘をピッと切って、切り取った土を低い方へ持っていくんです。そうしたら、広いキャンパスができるでしょう? ところがその方法だと、ここにいる希少生物が全滅してしまう」

 丘をすっぽりと覆う森には、約200もの希少種を含むさまざまな動植物が生息している。通常のやり方で建ててしまったら、彼らの住処(すみか)が破壊される。そこで岡本隆さんは、生き物たちの“生命線”である沢が流れる谷には手をつけずに、尾根に建物を建てることにした。

 「谷は人間が入らない“生き物の聖域”にして、尾根に全部建物を建てました。研究棟の形が曲がっているのは、尾根の形が曲がっているからです」

研究棟にある教員の部屋。年齢や実績に関係なく同じ間取りで、異分野の研究者がランダムに並ぶ。5000人以上が訪れるサイエンスフェスタの日(今年は11月19日に開催予定)には研究棟も一般公開される

 OISTのユニークさは、門前町のような寮や森と共生するキャンパスにとどまらない。利根川進氏らノーベル賞受賞者や有馬朗人東京大学元総長など、世界屈指の頭脳も設立に関わった施設だけに、ソフト面にも科学研究の新時代を感じさせる先駆的な発想が盛り込まれている。

 「日本の多くの大学では、例えば工学部、理学部といったかたちで建物が分かれていますが、OISTは違います」

 広報ディビジョンの大久保知美さんによれば、OISTでは異なる研究分野間の交流を促すために、教員の部屋なども分野ごとに固めずにランダムな順序で並べている。

 「細胞学者の研究室の隣が植物遺伝学者の部屋で、その隣が物理学者の研究室…と、まるで違う分野の人たちが隣り合っています。部屋が近ければ自然に話をするようになるじゃないですか。そうした交流から新たな研究成果が生まれる可能性もあります」

見学者も利用できる学内カフェ「Grano@OIST」では、箸を上手に使ってラーメンや和食を食べる外国人の姿も見かけた。「『ぼくはおなかがすいている。うどんがたべたい』などと日本語で注文なさる方もいます」と店員の新屋麻衣子さん

利用者の多様な食習慣に配慮したランチメニューは、7種類のうち4種類がヴィーガン。「スープもお肉の出汁(だし)を使わずに、野菜や豆乳でつくっています」と新屋さん。野菜たっぷりのお総菜や約30種類の自家製パンも出している

 「分野間に壁がない」と大久保さんが言う斬新なスタイルで行われるOISTの研究のレベルは、“世界最高水準”に向かって着実に歩みつつある。コールダー副学長が言う。

 「Nature誌の表紙を飾ることは科学者の夢ですが、一昨年、OISTの研究者がタコのゲノム解読でNatureの表紙を飾りました。人間で言えばまだ幼児期にあるOISTですが、誕生からごく短期間で目覚ましい成果をあげています」

 2年前に行われた学外の専門家による評価では、OISTは世界のトップ25大学と肩を並べるとされた。また、「研究しやすい」という評判が海外の科学者の間でも広まっており、最近行った教員募集には世界中から定員の100倍以上の応募があった。

ガイドツアーの様子。「OISTは沖縄にいながらにして外国の大学にいるような所です」などと担当の照屋友彦さんが解説していた。参加した古堅(ふるげん)幸雄さんは、「広大な敷地と専門性の高い研究施設に驚きました」と話していた

 「でも、まだまだですね。日本国内はもちろん沖縄県内でも、一般の方には知られていません」

 OISTの認知度アップのために本土にも頻繁に赴く大久保さんは少しもどかしげにそう話す。しかし、世界各国の科学者たちが文化の壁も分野の壁も越えてふれあうこの森から、世界を驚かせるような研究成果が飛び出して、OISTの名が世に広まる日もそう遠くはないのではないか。そう信じたくなる何かが、ここにはある。

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    ◇

沖縄科学技術大学院大学
沖縄県恩納村谷茶1919-1
098-966-8711

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PROFILE

馬渕和香(まぶち・わか)/ライター

写真

元共同通信社英文記者。沖縄本島北部、やんばるの丘に建つパステルブルーの小さな古民家に暮らして18年。汲めども尽きぬ沖縄の魅力にいまなお眩惑される日々。沖縄で好きな場所は御嶽(うたき)の森。連載コラムに「沖縄建築パラダイス」(朝日新聞デジタル&M)、「オキナワンダーランド」(タイムス住宅新聞)がある。

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