城旅へようこそ

全国でも希少な現存する石垣を求めて、淡路島へ

  • 洲本城(2)
  • 2017年7月18日

国史跡に指定されている洲本城。2017年4月に続日本100名城にも選定された

<洲本城(1)からつづく>

 本丸の北西にある天守は、1928(昭和3)年に展望台として建てられたものだ。よく見ると天守台と小天守台があり、その間には櫓台がある。二つの建物が櫓でつながれていたのだろう。

天守は展望台として建造された。天守は伊予に転封となった脇坂安治により、大洲城に運ばれたともいわれる

 天守には少し興ざめしてしまうのだが、がっかりすることはない。この城には、見ごたえのある石垣がたくさんある。仙石秀久や脇坂安治によって築かれた、天正期、文禄・慶長初期の石垣は全国的にも希少なのだ。この時期は石垣築造技術の発達期にあたり、城内でその過程を見ることもできる。低い石垣を階段状に積む方法から、隅角部の加工技術が発達し、高石垣が実現する。

 東の丸二段の郭の石垣は古く、天正期に積まれたとみられる。南東隅角部は算木積みが未発達で、勾配は直線的で反りもない。南面の石垣を見ると、高さもない。たとえば慶長期に積まれた天守台南西隅部と比べると、一目瞭然だ。石材が均一化され隅角部の稜線が通り、算木積みの発達によって石垣に高さも出てくる。

天正期に積まれたと考えられる、東の丸二段の郭の石垣

城内最古と考えられる東の丸二段の郭の石垣は、南東隅角部の算木積みに注目

本丸虎口へといたる、本丸大石段。関ヶ原合戦以降、慶長期に積まれたとみられる

 この中間となるのが、文禄・慶長初期の石垣だ。南の丸の南東隅角部や東の丸東面の石垣がそれで、算木積みは発展途上にあるもののまだ完成とはいえず、高さもやや高くなりはじめた程度である。隅角が90度以上の鈍角なもの(シノギ角)があるのも、この時期の石垣の特徴だ。

文禄・慶長初期のものと考えられる、南の丸隅櫓の石垣。櫓台中央部に斜めの継ぎ足し線が見られ、拡張されたことがわかる

本丸台西面の石垣にみられるシノギ角

 最大の見どころは、北斜面に脇坂安治によって築かれたとされる、二つの登り石垣だ。登り石垣は万里の長城のごとく累々と、斜面に沿って積まれたバリケードのような石垣のことで、山頂から山麓に向けて延々と続く。1592(文禄元)年からの文禄・慶長の役(朝鮮出兵)において、侵攻先の朝鮮半島には多く確認されているが、日本国内では現存例は極めて希少だ。

 文禄・慶長の役で苦戦を強いられた安治は、帰国すると大坂城を防衛する城として、洲本城の強化を図ったとみられる。登り石垣はその証なのだろう。南の丸、東二の門、日月の池も、このときの改修と思われる。

西の登り石垣。脇坂安治時代の山上の城と中務屋敷を結び、斜面に築かれている。全国的にも貴重な遺構

登り石垣の隅角部。二十数段の階段状に構築されている

 馬屋の脇にある駐車場まで車で登るなら、大手門から日月池、本丸大石段を通って本丸へと進み、天守台を目指すのがいいだろう。その後、古い石垣の残る東の丸へ。武者溜を経て東一の門まで下り水軍基地の緊張感を味わったら、一度引き返して西側へと進もう。途中、南の丸や搦手口付近の高石垣を堪能しながら、進んだところが籾倉だ。独立した出城である西の丸までは、籾倉から約200メートル。途中に、山上に建つ天守を撮影できる絶景スポットがある。

 洲本城には、安治が去った後もドラマがある。江戸時代になり藤堂高虎の支配を経て池田忠雄が淡路領主になると、由良成山城を拠点としたため一度は廃城となった。しかし、1615(元和元)年に蜂須賀至鎮の支配下となり家老の稲田氏が由良城代となると、由良城から洲本城へと城下町ごと移されたのだ。1631(寛永8)年から行われた「由良引け(ゆらびけ)」と呼ばれる大移転は、実に4年を要したという。その後は洲本城が淡路支配の中心地として存続し、明治維新まで稲田氏が城代を務めた。1642(寛永19)年には、山城から山麓の平城へと政庁機能が移転されたようだ。

 もう1城、洲本を訪れたのなら、炬口(たけのくち)城にも立ち寄りたい。大阪湾に面したに面した炬口漁港の西、標高約96メートルの万歳山頂上にある城だ。織田・豊臣政権が淡路に侵攻する前、淡路水軍を率いた安宅氏が築いた城である。

 三つの曲輪で構成され、大規模というわけではないが、本丸を囲む土塁は最大で3メートルと圧巻。戦国時代の城の姿が明瞭に残り、見ごたえがある。近年には登城道が整備されたのもうれしい。洲本城とセットで訪れると、違う時代の城の姿を1日で見ることができる。

炬口城から望む洲本城

(洲本城の回・おわり)

交通・問い合わせ・参考サイト

洲本城
高速バス「洲本バスセンター」から徒歩約10分
0799-24-3341(洲本市立淡路文化史料館)
洲本市立淡路文化史料館のページはこちら

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PROFILE

萩原さちこ(はぎわら・さちこ)城郭ライター、編集者

萩原さちこ

小学2年生のとき城に魅了される。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演、講座などをこなす。著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『戦国大名の城を読む』(SB新書)、『日本100名城めぐりの旅』(学研プラス)、『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、『図説・戦う城の科学』(サイエンス・アイ新書)など。webや雑誌の連載多数。
http://46meg.com/

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