蓬萊島-オキナワ-の誘惑

心くすぐられる空間で、聖なる山と過ごす 「casa VIENTO」

  • 文・写真 馬渕和香
  • 2017年8月21日

伊江(いえ)島の聖なる山、タッチューを真正面にのぞむcasa VIENTO(カーサ・ビエント)は、ほかにはないロケーションと建築のおもしろさを満喫できる宿だ

 うねる波のように、くねくねと曲がる手すり。なぜか斜めに倒れて付いている扉。地面からにょきにょきと生えてきたような庭のオブジェ。宿「casa VIENTO」の建物は、なんだか今にも、のそりと動き出しそうな躍動感にあふれている。

 「建物が生きているような感じがしますよね。これ全体で一つの生き物のような」

 沖縄本島北部の本部港からフェリーで30分の伊江(いえ)島。その中心にポコンと飛び出た島の聖地、グスク山(愛称はタッチュー)を真正面に仰ぎ見るこの宿のオーナー、金城和樹さんが言う。

 「心をくすぐられるような曲線を持った建物ですよね。変わっているけれど、そこがおもしろいと思います」

「父はよく『真っすぐなものが苦手なんだよなー』と言いながらここをつくっていました」と金城さん。デザインのモチーフとなったのは、打ち寄せる波やガジュマルの木だという

 祖父のさとうきび畑だった土地に、おとぎの国の住人が中からひょこっと現れそうな不思議なかたちの建物を、父が夢中になって建てていたのは金城さんが高校生の頃だった。

 今も島で写真店を営む父は、あるとき陶芸のおもしろさに目覚めて、アトリエをつくり始めた。子どもの頃からモノをつくらせたら周りが舌を巻くほど熱中したという父。焼き物づくりに必要な登り窯などの設備はもちろん、窯たきの手伝いに来る仲間を泊めるための部屋までを完備したアトリエを着々とつくっていった。

 「僕ら家族は、ここを『山小屋』と呼んでいました。山小屋に来ると、父がいつも、何かしら必死になってやっていました。普段見る父とは別人のようになって。そんな父を見るのは好きでしたね」

ガジュマルの気根を模したという柱の向こうに見えるのがタッチュー。世界的にも珍しいオフスクレープ現象(古い岩盤が新しい岩盤に潜りこむなかで一部が剥がれて新しい岩盤の上に乗る現象)によってできた山だ

 しかしまさか、ここで将来自分が宿を営むことになるとは、当時の金城さんはまるで思っていなかった。というか、どんな仕事であれ、島で働く自分を想像できなかった。関心が都会に向いていたからだ。

 「テレビで見るきらきらした都会の世界に憧れていました。中学にあがったぐらいから、都会って楽しそうだな、島とは違う何かがあるんだろうなと思っていました」

客室は大小合わせて5室ある。赤瓦をタイルのように屋根に貼った3階の部屋(右上)は、瞑想(めいそう)室としてつくったという「風の塔」

 「島と違う環境で生活してみたい」と、金城さんは大学を出て、京都のデザイン事務所に就職した。「すべてが新鮮」な京都での暮らしは楽しかった。仕事も順調で、人間関係にも恵まれた。

 しかし、結婚して子どもが生まれると、「戻るのは老後かもしれないな」と思っていた伊江島のことが、ときどき脳裏をよぎるようになった。

 「デザインの仕事はとても楽しく、やりがいも大きかったのですが、家族を持ったことで、人生計画を見直そうと思うようになりました」

 その頃、故郷では両親が「山小屋」を利用してcasa VIENTO(スペイン語で、風の家)という宿を始めていた。

 「休暇で帰郷したときにこの宿を見て、ここでなら、より家族との時間を大切にしながら、自分と妻の感性を生かした仕事ができるかもしれないと感じたんです。両親に相談したところ、『戻って、宿を継げばいい』と言ってくれました」

67歳になる父は今も創作意欲が旺盛で、昨年は陶器を展示できるオブジェを完成させた。照明がつくようになっていて、夜になると光る

 デザイン事務所を辞めて、妻の瞳さんと長男の樹里(きり)君を連れて10数年ぶりに伊江島に戻った金城さんの目に、島は昔と違って見えた。

 「都会にばかり憧れていた昔がうそみたいに、島が好きになりました。島にないものよりも、あるものの方が多いことに気づきました」

 「子どもの頃、真っ黒こげになって遊んだ」思い出が詰まった島の豊かな自然の尊さに、「他人の子どもにも自分の子のように接する」島人の包容力の大きさに、金城さんは「お金で買えないもの」のありがたさを感じるようになった。

斜めに傾いた玄関扉。建物全体のデザインから洗面台のような小さな物まで、父の美意識がすみずみに宿っている

 宿を運営していくなかで気づかされたこともあった。両親から引き継いだばかりの頃、金城さんは、標準的な宿とはつくりが違うcasa VIENTOが宿泊客に受け入れられているのか、少し不安に思っていた。

 「シャワー室には外階段から行ってくださいとか、部屋の鍵は昔のタイプなのでこうやって閉めてくださいとか、ほかの宿ではしない説明をしないといけない。これでいいのか、お客さんが不便に思わないかと思うことはありました」

 しかし、不安はすぐに吹き飛んだ。「おもしろいですね」「ガウディみたいですね」「ジブリみたいですね」と、お客さんたちは不便さえも楽しんでくれた。

 「人と同じでなくていい、違っていていいと、頭では分かってはいたのですが、お客さんの言葉が自信をくれました。違っているからこそいいんだと、思えるようになりました」

朝食を出す部屋は、昼間はカフェ「kukumui(ククムイ、伊江島の方言で、つぼみ)」になる。ここと隣のギャラリーは、和樹さんが父と一緒に手づくりした

 ほかにはないcasa VIENTOの魅力に引かれるお客さんは多く、ゲストの6割から7割はリピーターだ。なかには1、2カ月おきに本土から来る人や、ここに泊まるために伊江島に渡るという熱烈なファンもいる。

 「この建物が持つ、空間の力だと思います。それと、島の自然。タッチューにも、すごく助けられています」

 目の前に見えるタッチューは、島で最も位の高い神様が住むとされ、島人にとって特別な山だ。

 「神聖な場所で、島のシンボルとして慕われている山です。頂上には、島を敵から守ってくれたという伝説の大男の足跡も残っています。そんな山が間近にある。すごくエネルギーをもらっているのを感じます」

数年前から和樹さんも陶芸を始めた。「なかなか自分の思い通りに行きません。腹も立ちますが、それも含めて楽しい」。ギャラリーに展示された作品は購入することもできる

 聖なる山から流れてくるエネルギー。「心をくすぐられる」楽しくも美しい空間。こぼれるような金城さんの笑顔と、瞳さんのチャーミングな存在感。それらがゆったりと調和したcasa VIENTOに泊まった人たちは、「心の羽を広げられました」と言って帰っていく。

 「この場所が持っている空気があると思うんですよ。精神を自由にする空気というか、自分の境界線を少し押し広げてくれるような空気が」

 「もっと自由でいいんだよ」とささやきかけているようなこの場所の空気をさらに濃くして、来てくれた人にもっと伝わるようにすること、それが自分の仕事だと金城さんは言う。

 「父の思いも僕の思いも詰まった場所だから、ここの世界観を守っていきたい。守るだけなら崩れていくと思うから、攻める気持ちで」

 金城さんのさわやかな笑顔が、また、こぼれ落ちた。

    ◇

casa VIENTO
沖縄県伊江村東江上549

0980-49-2202

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PROFILE

馬渕和香(まぶち・わか)/ライター

写真

元共同通信社英文記者。沖縄本島北部、やんばるの丘に建つパステルブルーの小さな古民家に暮らして18年。汲めども尽きぬ沖縄の魅力にいまなお眩惑される日々。沖縄で好きな場所は御嶽(うたき)の森。連載コラムに「沖縄建築パラダイス」(朝日新聞デジタル&M)、「オキナワンダーランド」(タイムス住宅新聞)がある。

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