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ナイルは誘惑する。それは エジプトの魔法? EGYPT&MYSTERY[PR]

  • 文 山崎育子
  • 2017年9月1日

ギザのピラミッド(世界遺産)

 飛行機が高度を下げると、褐色の世界が見えてくる。アフリカ大陸最大の都市カイロは、人口約1600万。びっしりと並ぶ建物はすべてが砂漠の色に染まり、まるで古代の遺跡のようだ。

 近代化が進み、変化が止まらないカイロ空港だが、この辺りは「ヘリオポリス(太陽の町)」という古いギリシャ名で呼ばれる。更にさかのぼれば、「イウヌウ」あるいは「オン」という古代エジプト名でも呼ばれ、世界が始まる創世神話が編纂(へんさん)され、広大な太陽神殿があった場所だ。

 エジプトを歩くと、古代神への信仰の生き生きとした名残を至るところで見つけることができる。数千年の時を経たというのに、だ。同時に唯一神を信じるイスラムやキリスト教の真摯(しんし)な礼拝の場も多数見かけることになる。

カイロ歴史地区(世界遺産)

 古代遺跡から現代のアレクサンドリア図書館まで、エジプトは常にダイナミックな表舞台に立つ主役級の国だ。どの場所を切り取っても、どの時代にまなざしを向けても、世界に名だたる歴史の栄華を見つけることができる。

 ギザのピラミッドは砂漠のキワ、石灰岩の台地にある。太陽が西に傾く頃、濃いあかね色の空に、砂漠の稜線(りょうせん)とピラミッドは黒々と映える。それは4000年このかた、繰り返されてきた風景だ。

 しかし、幾千年が経とうとも、世界の七不思議の生き残りであるピラミッドは、実はいまだに謎に満ちている。果たしてどうやって石を運んだのか、どうやって積みあげたのか、なぜ四角錐(すい)なのか? 何のために作り、何のための部屋なのか……それらに明確に答える文書を、古代エジプト人は後世に残してくれなかった。ピラミッドが巨大であればあるほど、どうして? なんのために? と疑問は噴出する。が、その疑問の振り幅が大きければ大きいほど、謎を解く推察のバリエーションも多様に広がり、学者とアマチュアの歴史好きをとらえて離さない魔力となっている。

ナイル川を行くボート

 ナイルは全長6650キロ、アマゾン川に次ぐ、世界第2位の長さだ。タンザニア、ブルンジ、ルワンダなど中央アフリカから九つの領域国家を経て最後にエジプトが受け止める。天水農業ができないエジプトは、昔も今もナイルが唯一の頼みの綱だ。そのため、古代エジプト人は灌漑(かんがい)を整え、畑を広げ、運河を作り砂漠の開拓を行った。定期的に氾濫(はんらん)をし、豊かな泥土を上流から運んでくるナイルはまさに命の源、母なる大河であった。

 遺跡の宝庫であるルクソールは、ナイルにより東西真二つに分かれている。スフィンクス参道で結ばれた複数の神殿を有する「生者の町」と、王家の谷やハトシェプスト女王葬祭殿がある「死者の町」だ。 

古代都市テーベ、ナイル東岸のルクソール神殿

 ナイルに浮かぶ船からは、ルクソール神殿の塔門やパピルス柱の列を見ることができる。日が沈めばライトアップされ、その姿は優雅で限りなく美しい。穏やかな流れには、ホテイアオイがぷかぷかと浮かび、投網で魚を取る漁師が水面をたたく音が響く。日本から1万キロも遠く離れているというのに、目をつぶればナイルの風景が思い浮かんでくる。

 カモーン、とナイルの誘いが聞こえてくるようだ。

JTB旅物語 5つ星ナイル川クルーズで巡る 感動のエジプト 8日間

ルクソール遺跡の上空に飛び立つ気球

山崎育子/1979年に初めてエジプトを訪れる。カイロと東京それぞれの旅行会社勤務経験を持つ。古代から現代まで、アラブ全般を得意分野としている。共著に『エジプト 悠久のおもしろ国へ』(トラベルジャーナル)、『不思議の国 エジプトへ行こうよ!』(メイツ出版)他。

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