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神秘的なブルーグリーンの石垣 徳島城(2)

  • 文・写真 城郭ライター 萩原さちこ
  • 2017年9月19日

独特の雰囲気を醸し出す、徳島城の石垣。その秘密は石材にある

 徳島城の石垣は、青い。阿波青石といわれる緑色片岩(りょくしょくへんがん)でつくられているからだ。かすかに光沢のある青緑色の石垣が城内に累々と残り、一歩足を踏み入れると、ほかの城とは異なる神秘的な雰囲気に包まれる。

 阿波踊りのお囃子に、「大谷通れば石ばかり、笹山通れば笹ばかりーー」というフレーズがある。大谷とは、徳島城から3キロほど離れた眉山(びざん)北麓の佐古大谷地区のこと。良質な青石が採れる場所だ。ほど近くにある徳島城主の蜂須賀家墓所(万年山墓所)にもたくさんの採石跡があり、徳島城の石垣もここから切り出され運ばれたとみられている。

徳島城の石垣は、阿波青石と呼ばれる緑色片岩が積まれている

 緑色片岩は、採掘される地域によって伊勢青石、紀州青石、伊予青石などのブランドを生み、各地で庭の名石や墓石などに用いられてきた。このうち、吉野川南岸の剣山系一帯で採れる緑色片岩が阿波青石だ。

 徳島城の石垣をよく見ると、美しいピンク色の石も紛れている。紅簾片岩(こうれんへんがん)と呼ばれる種類で、阿波青石の層にまれに挟まっている層から採石され、阿波赤石と呼ばれる。

阿波赤石といわれる紅簾片岩も美しい

 緑色片岩は鉱物の結晶が一定方向に並ぶため、まるでパイ生地のように、薄く何層にも重なっている。そのため、板状に割れやすいのも大きな特徴だ。徳島城の石垣の表面をみると独特な表情をしていて、まるで繊維が引き裂かれたように、潔く縦方向に割れているのがわかる。

 その石垣が、徳島城の最大の見どころとなっている。隅角石の積み方から築城時のものと判別できる本丸東側などの石垣は、切り出した石を加工せずにそのまま積み上げた野面積みだ。阿波青石が持つ独自の色彩と質感が、荒々しい野面積みにさらなる風情を加え、独自の美を生み出している。断面のひと筋ひと筋が、樹齢を示す年輪のように歴史の重みを伝えてくれる。

城内でもっとも古いとみられる、本丸東側の石垣。いかにも古い、荒々しさがある

 山麓にある旧徳島城表御殿庭園にも、阿波青石がふんだんに使用されている。枯山水にかかる青石でできた橋は、かつては全長10メートルほどもあったそう。切り立つようなシルエットとはうらはらに、鉱物がきらりと輝く繊細な表情を見せてくれる。旧徳島城表御殿庭園は江戸時代初期に造営された枯山水庭と築山泉水庭から成る回遊式庭園だ。桃山様式をよく残し、国の名勝に指定されている。

旧徳島城表御殿庭園。徳島城表御殿の書院と、藩主が暮らす中奥に面して築かれていた

阿波青石でつくられた巨大な石橋。藩主が踏み割ったという伝説もある

 さて、せっかく徳島を訪れたのなら、徳島のランドマーク的存在である眉山も立ち寄りたい。眉山と呼ばれるようになったのは江戸末期からのようだが、その山影は古くは天平時代の万葉集に登場する。「眉のごと 雲居に見ゆる 阿波の山 かけて漕ぐ舟 とまり知らずも」というその歌は、淳仁天皇の兄、船王(ふねのおう)が、聖武天皇の難波行幸にお供した際に詠んだもので、眉のような阿波の山、とは眉山のことを指す。万葉の時代から、眉山の美しい稜線は人々の心を捉えてきたようだ。

 山頂からは雄大でおだやかな眺望が広がり、ほっと一息、気持ちがほぐれる。眼下の徳島城や吉野川はもちろん、晴れた日にははるか紀伊半島、阿讃山脈、淡路島まで見渡せる絶景スポットだ。眉山ロープウェイなら、阿波おどり会館から山頂まで6分間の空中散歩も楽しめる。車なら、眉山パークウェイを通って山頂へ。景色だけでなく徳島の空気と清々しい風も堪能できる、最高のドライブルートだ。

徳島市のシンボル、眉山から見下ろす徳島城方面。城は吉野川の河口、助任川と寺島川に挟まれた三角州に築かれていた

(徳島城の回・おわり)

交通・問い合わせ・参考サイト

徳島城
JR「徳島」駅から徒歩約10分
088-656-2525(徳島城博物館)
徳島城博物館のページはこちら

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PROFILE

萩原さちこ(はぎわら・さちこ)城郭ライター、編集者

萩原さちこ

小学2年生のとき城に魅了される。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演、講座などをこなす。著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『戦国大名の城を読む』(SB新書)、『日本100名城めぐりの旅』(学研プラス)、『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、『図説・戦う城の科学』(サイエンス・アイ新書)など。webや雑誌の連載多数。
http://46meg.com/

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