旅空子の日本列島「味」な旅

尾張徳川家城下町の面影と銘菓を訪ねる名古屋散歩

  • 文 写真 中尾隆之
  • 2017年9月27日

三名城の威容を伝える名古屋城大天守

  • 復元工事中だが一部公開の本丸御殿

  • 舟運のため城下と熱田の間に掘られた堀川

  • 江戸期から続く両口屋是清の「をちこち」

  • 藩主に献上した美濃忠の「上り羊羹」

  • “大須の観音さん”として親しまれる宝生院

  • 名古屋名物を代表する「青柳ういろう」

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 林立する高層ビル、広がる地下街、車が行き交う道路。名古屋は人口230万を数える全国4番目の大都市である。町は活気に満ちているが、旅として訪ね歩くことはわりあい少ない。

 けれど名駅からほど近いビル群や高速道路の谷間に、尾張徳川家の城下町の名残が息づく。なごや観光ルートバス「メーグル」(1DAYチケット500円・月曜運休)が歴史的な名所を巡っているので、城下町の面影を求めて歩いてみた。

 名古屋が町として発展するのは1608(慶長13)年、関ケ原の戦いに勝利した徳川家康が豊臣方に備え、加藤清正や福島正則ら西国大名20家に命じて名古屋城を築かせ、9男義直を城主に62万石の尾張徳川家を興したことに始まる。

 城の南側に碁盤目の町割りを敷き、老中や武家屋敷を配し、防備と舟運を兼ねた堀川を掘削。周辺に回船問屋や商人、職人を集めて城下町をつくった。その面影を残すのが駅から歩いて10数分の四間道(しけみち)。元禄年間の大火を教訓に四間(約7.2メートル)に広げた通り沿いに建てられた白壁土蔵が趣深い町並みを残している。

 ここから五条橋を東へ渡ると、碁盤目の城下の町割りが残る丸の内。官庁街やオフィス街の一角に家康を祀(まつ)る東照宮や那古野神社、そして北側の樹木茂る台地に名古屋城(052・231・1700)がある。伊勢音頭に「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ、尾張名古屋は城でもつ」とうたわれた天下の名城には、徳川家の権力・財力を誇示する金鯱(しゃち)が凜然(りんぜん)と輝く。7階の天守最上階から近代都市の発展ぶりが実感できた。

 名古屋城は明治維新の時、姫路城とともに取り壊されなかった稀(まれ)な城で、1945(昭和20)年の大空襲で焼失するまで名古屋離宮として美しい姿を誇っていた。鉄筋コンクリートで再建されたのが現存の大天守だが、当時の姿を木造で再建しようという動きがある。木造で再建中の本丸御殿の玄関や表書院が見学できた。

 名古屋には天下の将軍、徳川の御三家の威光や派手好みの風土から遊芸や茶の湯なども盛んで、銘菓も数多く生まれた。その老舗が江戸初期の寛永年間に御用菓子司を賜った、丹波大納言と村雨餡(あん)がしっとり甘い「をちこち」で名高い両口屋是清栄店(052-249-5666)や御用菓子司の桔梗屋のあとを次いで、献上の高級蒸し羊羹(ようかん)「上り羊羹」を引き継いだ美濃忠(052-231-3904)などが伝統の味を伝えている。

 また1612(慶長17)年、徳川家康が美濃から移した大須観音の門前にある青柳総本家大須本店(052-231-0194)の「青柳ういろう」など江戸時代初期に伝わって以来350年余の「ういろう」が名古屋名物として名高い。

 きしめん、みそカツ、みそ煮込みうどん、ひつまぶし、小倉トーストなど多種多様な“名古屋めし”も大きな魅力である。

アクセス・問い合わせ


・JR東海道新幹線、またはJR東海道線名古屋駅下車
・名古屋観光情報公式サイトhttp://www.nagoya-info.jp/ 

※都道府県アンテナショップサイト「風土47」より転載。
※文中の施設名のリンク先は楽天トラベルの情報ページです。

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PROFILE

中尾隆之(なかお・たかゆき)ライター

nakao takayuki

高校教師、出版社を経てフリーの紀行文筆業。町並み、鉄道、温泉、味のコラム、エッセイ、ガイド文を新聞、雑誌等に執筆。著作は「町並み細見」「全国和菓子風土記」「日本の旅情60選」など多数。07年に全国銘菓「通」選手権・初代TVチャンピオン(テレビ東京系)。日本旅のペンクラブ代表・理事、北海道生まれ、早大卒。「風土47」でコラムを連載中。

風土47

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都道府県のアンテナショップの情報を集めたポータルサイト。全国的には知られていないけれど味も生産者の思いも一級品、そんな隠れた名品を紹介する「日本全国・逸品探訪」など様々な記事が掲載されている。

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