にっぽんの逸品を訪ねて

もう一つの“女城主の里”と“栗きんとん”を食べ比べ 岐阜県恵那市・前編

  • 文・写真 中元千恵子
  • 2017年10月10日

恵那市の秋の名物“栗きんとん”

 NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』が放映中だが、実は岐阜県にも、戦国時代を生きた女城主がいる。恵那(えな)市の岩村城主だった「おつやの方」(名前は諸説あり)だ。織田信長の叔母にあたり、信長の意向で岩村城主に嫁いだが、夫の死後に務めることになったという。

 直虎はドラマ化が決まるまで地元でも無名だったそうだが、おつやの方は恵那では知らない人はない人気者だ。本人に関する歴史的な記述はほとんど残っていないそうだが、周囲の動向から「絶世の美女だったのではないか」といわれる。領民を守るために敵方に嫁ぎ、非業の最期を遂げた。

 おつやの方がいた岩村城は、日本百名城に数えられる中世から近世にかけての山城の代表格。名城と女城主という歴史ロマンにひかれ、恵那市を訪れた。

城下町にある老舗の酒蔵・岩村醸造では「おつやの方」にちなんで「女城主」という酒も造られている(画像提供:岩村醸造株式会社)

 岐阜県の南東部、長野県と愛知県に接する恵那市は、標高700~1000m級の山に囲まれ、木曽川など河川も多い自然豊かな地だ。南北に広がる市内は、自然あり、歴史あり、おいしい名物ありと旅の目的地として魅力がいっぱいだ。

■堅固な石垣が続く“天空の城”岩村城へ

 市の玄関口であるJR中央線恵那駅から、城跡や城下町が残る岩村までは車で約20分。鉄道では、明知鉄道に乗り換えて岩村駅で下車する。

 この日は車で向かい、登城口で降りてまずは岩村城跡を目指した。本丸まで約800mの道のりを観光ガイドの神谷明良さんと歩く。

 「岩村城は標高717mと、江戸時代の府城の中で最も高所にあり、日本三大山城に数えられています」と解説を聞きながら、杉の大木が茂る石畳の道を上る。

 1185年(文治元)、源頼朝の家臣によって築城され、徳川幕府になってからも廃城にならず、明治維新まで約700年存続した全国でもめずらしい山城だという。

 「江戸時代に政務を行うために平地に造られた城と違い、岩村城はまさに戦いのための城です。急な山頂に築かれ、城内に17の井戸を設けるなど水の確保も考えられていました」と神谷さん。霧の発生も多い地形で“霧ケ城”の別名もある。天然の要塞(ようさい)ともいえるこの城は、一度も落城したことがなかったという。

迫力のある六段壁。岩村では観光案内人(有料)とともに城跡や城下町の散策ができる

 一の門や、空堀跡が見られる大手門などを過ぎると、やがて城跡の最大の見どころである六段壁が現れた。

 六段のみごとな石垣は、江戸時代初期、最上段の石垣の崩落を防ぐ補強のために下段に石垣を継ぎ足して、現在のひな壇状になったと考えられる。

 ほかにも、城跡には約1.7kmもの石垣が残り、中には時代ごとに異なる3種類の積み方が見られる石垣もある。

 間もなく本丸に出ると、恵那山や茶臼山など周囲の山並みが見渡せ、天空の城とよびたくなる風景だ。おつやもこの山並みを眺めたのだろうかと思うと、戦国時代が身近に思える。

 伝えられるおつやの方の生涯を神谷さんにうかがった。

 「岩村城は、美濃、信濃、三河の国境にあたる要所として、織田信長と武田信玄が争奪戦を繰り広げました。信長は岩村城を勢力下におこうと、当時の城主に叔母のおつやを嫁がせ、さらに実子の御坊丸(ごぼうまる)を跡継ぎとして送り込んだのです」

山上に壮大な石垣が続くようすから“日本のマチュピチュ”とよばれることも。城内では説明板のQRコードを読み取ると岩村城再現CG映像が見られ、解説も流れる

 その後、病死した夫と幼子(おさなご)に代わって、おつやの方が城主に。この時、岩村城は武田信玄の重臣・秋山虎繁の攻撃を受ける。難攻不落の城に苦戦した虎繁は城中に密使を送り、結婚して御坊丸を養子にするからとおつやの方を説得し、無血入城に成功したという。 

 「織田家の人間でありながらおつやが敵方に嫁ぐ決心をしたのは、兵や領民を救うためだったのではないでしょうか」と神谷さんは話す。

 しかし、おつやは信長の怒りを買い、だましうちのような形で処刑されてしまったそうだ。

■城下町グルメも充実。のんびり歩く昔町

 城跡から下り、城下町をめぐった。

 岩村は江戸時代に東濃地方の政治や経済の中心地として栄えた。岩村駅から城跡方面へと続く本通りには、江戸期以降の商家群の町並みが残り、往時の面影を伝えている。

格子戸の商家が並ぶ岩村の城下町。青いのれんが古い町並みに映える。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている

 約1.3㎞にわたって続く伝統の町並みは壮観だ。自然の起伏を生かした緩やかな上り坂、両側続く格子戸や塗屋造りの商家。歩き進むたびに表情が変わり、見飽きることがない。驚くのは、今もほとんどの家が現役で使われていることだ。商店はそろって青いのれんをかけ、女城主の里にちなんで女将(おかみ)の名を記している。暮らしとともに歴史を重ねた城下町は、生き生きとしたぬくもりをたたえている。

木村邸や勝川家など江戸時代の豪商の館も公開。重厚な土蔵が繁栄を伝える

 城下町には、名物も数多く、また女城主の里にちなんだ新名物も登場している。

 「寿司幸 岩村やなぎ屋店」では、女城主の里と岩村城をイメージした華やかで豪華なランチメニュー「女城主御膳」が人気だ。

 三段重に、地元の野菜や市場直送の新鮮な魚を使った料理がいろどり豊かに盛られている。いろいろな料理が少しずつ味わえて、デザートも付く。

 この店が入っている「やなぎ屋」は、大正時代に建てられた元染織工場を改修したゲストハウス。建物のレトロな雰囲気も楽しみたい。

ランチメニュー「女城主御膳」(1080円)

染織工場時代のガラス戸が残る店内。席数が少ないので来店時はぜひ予約を

 岩村の名物の一つに「カステーラ」もある。

 江戸時代、長崎で蘭学を学んでいた岩村藩の医者・神谷雲澤が、長崎でカステラの製法を学び、町民に伝えたという。

 今も3軒の店が、銅器に入れて1本1本手焼きする伝統の製法を受け継いでいる。

 その1軒である「かめや菓子舗」は、店舗奥に「カステラCaféカメヤ」があり、有精卵や和三盆など材料にこだわった“かすていら”やコーヒーなどが楽しめる。古い町家をリノベーションしたカフェは、床の間や縁側のある懐かしい造りで、ゆったりとした時間が流れる。散策の足休めにはぴったりだ。

 カステーラのほかにも、明治時代から続くかんから餅、クルミとゴマみそが香ばしい五平餅なども長く愛されている。

「カステラCaféカメヤ」でひと休み。店頭では“かすていら”を焼く銅器や製造工程も見られる

■ここでしか買えない、ぜいたくな“栗くらべ”

 恵那市には、秋に欠かせない名物として「栗きんとん」もある。

 恵那駅の周辺は、江戸時代、中山道の宿場町として栄え、旅人をもてなす和菓子文化が育まれた。その名残もあり、今も市内に和菓子店が多い。

 例年、栗の収穫が始まる9月から、各店で栗きんとん作りが始まる。選別した栗を蒸して少量の砂糖と炊き、布巾で一つ一つ手絞りにして作られる。ほんのり甘くほっこりとした秋のみに味わえる伝統の味だ。

 店を取材すると「しっとりさせるために火加減には細心の注意をはらう」、「粒上の栗を残して食感でも楽しんでいただけるようにしている」など、店ごとに工夫を凝らしている。

店舗の味を一度に味わえる“栗くらべ”

 そんな各店こだわりの味を食べ比べできるのが、恵那市観光物産館「えなてらす」で販売している「栗くらべ」(期間・数量限定販売)だ。市内9店舗の栗きんとんが1個ずつ入った、なんとも贅沢な詰め合わせ。

 賞味期限が短いため、恵那駅横の「えなてらす」のみで買える限定商品だ。ぜひ恵那に出かけて食べてみたい。

 次回は観光列車に乗って日本大正村へ向かいます。 

     

(後編に続く)

【交通・問い合わせ】

恵那市観光協会岩村支部(観光案内人申し込み) ☎0573-43-3231
http://iwamura.jp/

岩村醸造株式会社 ☎0573-43-2029
http://www.torokko.co.jp/

寿司幸 岩村やなぎ屋店 ☎ 0573-43-2550
住所/恵那市岩村町305
営業時間/11:30~14:00
定休日/水曜

かめや菓子舗/カステラCaféカメヤ ☎0573-43-2208
http://www.iwamura-kameya.com/

恵那市観光物産館「えなてらす」 ☎0573-25-4058
http://www.kankou-ena.jp/shopping/tokusan/enaterasu/

恵那市観光協会 ☎0573-25-4058
http://www.kankou-ena.jp/

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PROFILE

中元千恵子(なかもと・ちえこ)フリーライター

中元千恵子

旅とインタビューを主とするフリーライター。埼玉県秩父市生まれ。上智大卒。伝統工芸や伝統の食、町並みなど、風土が生んだ文化の取材を得意とする。また、著名人のインタビューも多数。 『ニッポンの手仕事』『たてもの風土記』『伝える心息づく町』(共同通信社で連載)、 『バリアフリーの宿』(旅行読売・現在連載中)。伝統食の現地取材も多い。
全国各地のアンテナショップを紹介するサイト 風土47でも連載中

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