にっぽんの逸品を訪ねて

明知鉄道で秋を味わいつつ、レトロモダンな日本大正村へ 岐阜県恵那市・後編

  • 文・写真 中元千恵子
  • 2017年10月24日

食事と案内付きで列車の旅が楽しめる明知鉄道の「きのこ列車」

<前編はこちら>

 実り豊かな秋の風景をのんびり走るローカル線には、旅ごころを誘われる。まして、その列車に郷土色豊かな食事が付くとなれば、なおさら乗ってみたくなる。

 岐阜県恵那市と中津川市を走る明知(あけち)鉄道では、名産の細寒天を使った「寒天列車」や「おばあちゃんのお花見弁当」、「じねんじょ列車」など地元の食材が味わえる観光列車を運行している(予約制)。

 明知鉄道は、JR中央線に接続する恵那駅と明智駅の間の11駅、25.1㎞を結んでいる。片道約50分と長くはない行程だが、その間に2つの峠を越え、“農村景観日本一”といわれる田園風景を走り、“極楽駅”というめずらしい名前の駅も通るなど話題性豊か。ほとんどが無人駅という路線は、昔懐かしい鉄道情緒も留めている。

松茸の土瓶蒸しなどキノコたっぷりのお弁当

 12時22分。秋の食堂列車「きのこ列車」が恵那駅を出発した。「きのこ列車」は9月~11月の月曜以外(祝日は運行)の毎日、1日1便運行している。

 席に座ると、弁当箱にホウキ茸(たけ)の胡麻和(あ)え、舞茸の天ぷら、香茸の旨煮、焼きしめじポン酢などの料理が盛られ、この日は松茸の土瓶蒸しや、おかわり自由のきのこ御飯が付いていた。さまざまな種類のキノコが使われている。

この日のお弁当。いろいろな料理が少しずつ味わえる

 中には、ロウジ茸やあみ茸など、普段あまり目にしないキノコの料理もある。メニュー表と見比べながら、「これはどのキノコ?」と、隣りの人たちと話しながら食べ進むのも楽しい。食事は3社が交替で担当するので、同じ「きのこ列車」でも日によって内容が変わるという。

 食事をしながらの車内は、すぐに打ち解けた和やかな雰囲気になった。

車内は向かい合わせの座席。車窓の風景も目に入って気分爽快

“日本一の急勾配の駅”“滑らない砂”など知って楽しい知識がいっぱい

 食事がひと段落すると、絶妙のタイミングでガイドの小崎聡美さんが路線の案内を開始。3駅目の飯沼駅は日本一急勾配に建つ駅だという。

 「勾配は33パーミルで、これは1㎞進むと33m上がる傾斜です。通常は駅を造る許可が下りないほどの急傾斜ですが、住民の方たちの強い願いで実現しました」とのこと。ちなみに、日本で2番目に急勾配な駅も明知鉄道の野志駅だそうだ。

 4駅目の阿木駅から次の飯羽間(いいばま)駅へ向かう車窓には、のびやかな田園風景が広がった。“農村景観日本一”といわれる岩村町の富田地区だ。

 6駅目の極楽駅では、ホームで幸せ地蔵が迎えてくれた。この駅への“極楽ゆき”の硬券切符はお土産にも人気だという。

極楽駅に鎮座する幸せ地蔵(画像提供:明知鉄道株式会社)と農村景観日本一といわれる岩村町富田地区(画像提供:恵那市観光協会)。車窓に田園風景が広がる

 お土産といえば、「明知鉄道では、走行中に車輪が滑らないよう、すべての車両の前輪付近に砂をまく設備を装着しています。神社でご祈祷を受けたこの砂が“滑らない砂”として受験生に人気があります」とガイドさん。

 急勾配を走る列車には工夫がされていることを知った。食事や案内を楽しみ、もう少し乗っていたいと思うころに、終点の明智駅に到着した。

地域丸ごとが「日本大正村」。古き良き時代に包まれる

日本大正村の高台に建つ大正ロマン館。庭のバラが見ごろとなる6月は多くの観光客が訪れる。館内では大正時代のヨーロッパの家具やオルゴール、また洋画の父といわれるこの地出身の山本芳翠の油絵などを展示(画像提供:日本大正村)

 明智駅の近くには、大正時代の面影を残す町並みが魅力の「日本大正村」がある。明智町は明治から大正にかけて生糸の生産で栄え、当時のハイカラな建物が現在まで守り継がれている。

 驚くのは、ここが古い建物を集めて建設されたテーマパークではなく、実際に生活している地域だということだ。

 「住民の生活や文化、人情も含めて日本大正村です。古き良き時代から受け継がれてきた雰囲気も丸ごと楽しんでいただきたいです」とガイドの橋本美也子さんは話す。

 1981年に旧国鉄だった明知線の廃線が伝えられると、鉄道を存続させたいと願った住民が、町興しとして日本大正村を考案。当初は有志が時間もお金もボランティアでつぎ込んで創り上げてきたという。

 案内所前から川を渡り、「大正路地」にさしかかると、時代が一気にさかのぼったよう。黒い羽目板と白い漆喰(しっくい)のコントラストが美しい両側の蔵は、かつて年貢米を収めた米蔵と江戸時代から続く呉服屋の蔵だという。

 路地を抜けると、町役場として使用されていた1906(明治39)年建築の村役場が現れる。街灯付きの石門や水色の塗装がハイカラな木造洋館だ。その先には、大正時代をイメージして造られた大正ロマン館もある。

「大正路地」を抜けると、時代をさかのぼったかのような光景が広がる。街灯が目を引く日本大正村役場にはこの時代をイメージした美しいステンドグラスも

 村の中央部には、町のシンボルともいえる「銀行蔵」が立つ。明治時代末期に建築された銀行の繭(まゆ)蔵で、農家から購入した繭などを保管していた。西棟は木造4階建てで百畳敷きといわれる広さがあり、手動エレベーター付き。当時の繁栄ぶりが伝わる貴重な建物だ。隣接する名家の旧邸「大正の館」と合わせて「日本大正村資料館」として公開されている。

 村内にはほかにも、明治初期に開局した郵便局の「逓信資料館」、300年以上の歴史を持つ旧三宅邸、繁華街の面影を残す「うかれ横丁」など見どころは多い。

2016年にリニューアルオープンした大正村浪漫亭。時計台を載せた空色の屋根が印象的

 大正村浪漫亭にもぜひ立ち寄りたい。地元の名産品をそろえ、地元蔵元のしょう油を使った「熟成しょうゆソフトクリーム」、ハチミツが入った「なめらかプリン」、1本の布がポーチになる「巻き巻きポーチ」などヒット商品が並ぶ。カフェがあり、人はもちろん、ペット用の矢絣衣装のレンタルもしている。

大正村浪漫亭のカフェで、なめらかプリンとコーヒーを味わってひと休み

中山道の宿場町時代から続く400年の老舗

 今回の宿は恵那駅から徒歩約6分の「料理旅館 いち川」。なんと、約400年の歴史がある。

 恵那駅周辺は江戸時代、江戸から数えて中山道の46番目の宿場町である大井宿として栄えたところ。当時は42軒の旅籠(はたご)が並んでいたそうだが、このいち川だけが中山道開通時から続いている。

 格式ある老舗(しにせ)と聞いて緊張気味に玄関をくぐったが、「いらっしゃいませ」という温かな出迎えにほっと肩の力が抜けた。磨きこまれてつややかに光る床や柱など、老舗らしい風格をたたえつつ、何とも和やかで心地よい空気に包まれる。多くの旅人が過ごしてきた憩いの時間が、宿全体に満ちているかのようだ。

旧街道沿いに、しっとりとしたたたずまいを見せる「料理旅館 いち川」。天然アユや栗旨豚など素材にこだわった料理は、盛り付けも美しい

 すっきりと整えられた客室、さりげなく飾られた季節の花、清々しい庭……と、目からも癒やされる。

 夕食の「月替わりの旬会席」は、飛騨牛のしゃぶしゃぶや松茸の土瓶蒸し、天然アユの塩焼きなど。栗やキノコを使った前菜も季節を感じさせる。

 栗を食べて育った東美濃ブランドの「栗旨(くりうま)豚の瓦焼きステーキ」などが味わえる「秋の栗くり会席」などもある。

大女将、女将、若女将の3代がそろって、伝統の宿を切り盛りしている

 恵那の風土を五感でたっぷりと感じられた旅となった。

※観光列車のメニューや、宿の食事は取材時のものです。質はそのままに、内容が変わることがありますのでご了承ください。

交通・問い合わせ

明知鉄道 0573-54-4101
http://www.aketetsu.co.jp/

日本大正村 0573-54-3944
http://nihon-taishomura.or.jp/

料理旅館 いち川 0573-25-2191
http://ichikawaryokan.jp/

恵那市観光協会 0573-25-4058
http://www.kankou-ena.jp/

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PROFILE

中元千恵子(なかもと・ちえこ)フリーライター

中元千恵子

旅とインタビューを主とするフリーライター。埼玉県秩父市生まれ。上智大卒。伝統工芸や伝統の食、町並みなど、風土が生んだ文化の取材を得意とする。また、著名人のインタビューも多数。『ニッポンの手仕事』『たてもの風土記』『伝える心息づく町』(共同通信社で連載)、『バリアフリーの宿』(旅行読売・現在連載中)。伝統食の現地取材も多い。
全国各地のアンテナショップを紹介するサイト 風土47でも連載中

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