ベルギーの三つ星シェフ、日本の3シェフと夢のコラボディナーを開催

  • 文・江藤詩文
  • 2017年11月10日

ウナギ ハーブ 黄ニラ。梶谷農園のハーブを使ったソースが香り高い。ベルギーの郷土料理を再構築したヒェルトさんの作品 ©ROBWalbers(写真は特記以外すべてベルギー人写真家ロブ・ワルバースさんが撮影)

 ベルギーでミシュラン三つ星レストラン「ヘルトク・ヤン」を営むオーナーシェフ、ヒェルト・デ・マンガレールさんが先ごろ来日し、世界的に人気の高い日本のシェフ3人と夢のコラボディナーを開催。アートな競演を繰り広げました。日本から参加したのは、東京「傳」長谷川在佑(ざいゆう)さん、東京「フロリレージュ」川手寛康さん、大阪「ラ・シーム」高田裕介さんです。【写真特集】夢のコラボディナー全部みせます

 このイベントは、日本とベルギー・フランダース地方の文化交流に取り組むベルギー・フランダース政府観光局と公益財団法人アーツフランダース・ジャパンが、食を「文化に影響する重要なファクターのひとつ」と位置づけ、シェフ同士の交流を通して文化交流を目指したもの。日本での開催に先駆け、8月には日本の3シェフがベルギー・フランダース地方を訪問。古都ブルージュにあるヒェルトさんが手がける広大な自家菜園などを訪れ、現地で腕をふるい好評を集めました。

ベルギーのブリュージュでミシュラン三つ星レストラン「ヘルトク・ヤン」を営むオーナーシェフ、ヒェルト・デ・マンガレールさんと東京「傳」長谷川在佑(ざいゆう)さん

東京「フロリレージュ」川手寛康さんとヒェルトさん

ヒェルトさんと大阪「ラ・シーム」高田裕介さん

 それからほぼ1カ月。いよいよ日本でのコラボディナーが実現しました。ベルギー人三つ星シェフは、日本の食材をどう調理したのでしょうか。

 日本に来日した理由の一つを「クオリティーの高い日本の食材を使いたい」と話すヒェルトさん。たとえば、彼の看板メニューのひとつに、自身の農園で収穫した味もテクスチャも異なる複数のミニトマトをひとつの料理に調和させた宝石のようなひと皿がありますが、日本では「フロリレージュ」川手さんのアドバイスのもと、味をまとめるのにだしや土佐酢を使い、それをみごとにフランス料理に昇華させてみせました。

 また、たとえ同じ食材を使っても、東洋と西洋では解釈がまったく異なるのだなぁと感心させられることもしばしばありました。たとえば日本人にとっては白焼きや蒲焼きが定番のうなぎは、ベルギーでは緑色のソース仕立て料理に使うそうです。これはフランダース地方の郷土料理で、それだけでも驚きなのに、さらにファインダイニングスタイルに磨き上げられた美しさといったらありませんでした。ぜひ「フォトギャラリー」で実物の写真をご覧ください。【写真特集】夢のコラボディナー全部みせます

 ちなみに、期間限定のお祭りにも似たコラボディナーらしく、随所に遊び心を見せたのも特徴で、たとえば「傳」長谷川さんの看板メニューのひとつである土鍋の炊き込みごはんをヒェルトさんに任せたところ、ヒェルトさんが調理したのは、なんと土鍋の炊き込みパスタ。パスタとイカをごはん茶碗によそい、傳スタイルで味わったそうです。

東京「傳」で開催されたコラボディナーでは、集まったゲストが「分かち合い」をテーマに大きな食卓を囲みました

 せっかく遠い日本までいらしたのだから、有名な観光地や温泉にも行くのかと思いきや、ヒェルトさんが訪れたのは日本料理店や岡山の農園。「せっかく来たからこそ、日本料理を味わい学びたいし、高品質な食材の作り手にもお会いしたい」。観光やショッピングは一切しなかったそうです。

 さて、現在世界のフードシーンでは、異なる店のトップシェフ同士によるコラボレーションが大きなトレンドになっています。日本でも、「食べログ」が「食べログ Special Dining」と題してアワード上位店同士のコラボイベントの開催を始めるなど、すっかり定着してきました。

 筆者のソーシャルメディアで最近、見かけた直近に開催されたコラボイベンドだけでも、以下の通り。

「アジアのベストレストラン50」3年連続首位、タイ・バンコク「プログレッシブ インディアン キュイジーヌ ガガン」のガガン・アナンド氏と福岡「ラ メゾン ドゥ ラ ナチュール ゴウ」の福山剛氏

・筆者がアジアでいちばん好きなレストラン「レストラン・アンドレ」のアンドレ・チャン氏とノルウェー・オスロ「Maaemo」のEsben Holmboe Bang氏

・香港で愛される日本人シェフ率いる「Ta Vie 旅」の佐藤秀明氏と東京「ブルガリ イル・リストランテ ルカ・ファンティン」のルカ・ファンティン氏

・「アジアのベストレストラン50」で最優秀女性シェフ賞に輝いたフィリピン・マニラ「グレイス パーク」のマルガリータ・フォレス氏と今回のコラボディナーでも腕を振るった東京「フロリレージュ」川手寛康氏

 顔ぶれを見るだけでもワクワクするラインナップではありませんか。コラボイベントは「4ハンズ」とも呼ばれ、ときには国籍の異なる5人のシェフが勢ぞろいした「10ハンズ」などという豪華版も開催されています。

東京「フロリレージュ」ではふたりのシェフが意見を交換し合い、まるでひとつになろうとするような美しいコースを創り上げました(江藤詩文撮影)

 なぜいま、これほどコラボイベントがはやっているのでしょうか。その背景には二つの理由があると、筆者は考えます。一つは世界的レストランランキング「世界のベストレストラン50」やそのアジア版「アジアのベストレストラン50」が「アワード」という場を設けたり、各国で料理学会が開かれたりすることで、世界のトップシェフが一堂に会する機会ができ、交流が生まれたこと。もう一つはソーシャルメディアの普及です。いまでこそコラボイベントは影響力が高まり、先述したように「食べログ」が参画するなどビジネス的な要素を持ち、今回のようにシェフが文化交流のための親善大使の役割を担っていますが、そもそもはシェフ同士が直接交流して発生したイベントだと、筆者は感じています。

 たとえば、今回来日した「ヘルトク・ヤン」のヒェルトさんにとって、東京「フロリレージュ」川手さんとは2度目のコラボレーションでした。川手さんとコラボレートする理由について、ヒェルトさんは「カワテとは国境を超えてとにかく気が合う」と繰り返します。川手さんが説明してくれたところによると「ヒェルトさんも僕もオーナーシェフとして従業員に配慮したり、採算を合わせたりといったビジネス的な仕事もしなければなりません。同時にヒェルトさんはほとんどの時間を厨房(ちゅうぼう)に立ち、料理に向き合うことに充てています。僕もヒェルトさんに負けないくらい、料理と真剣に向き合ってきた自負がある。西洋と東洋の違いはあれど、料理人としての情熱が同じであるところが、気が合う理由です」。

すべての席からキッチンで行われるすべての作業が見通せる「フロリレージュ」のダイニング。料理をもっと知りたい人とってコラボイベントは貴重は機会です(江藤詩文撮影)

 アワードなど料理人が集まる場で出会い、ヒェルトさんと川手さんのように、気が合うパートナーを見つけたら、世界中どこにいてもインターネットを駆使してミーティングを重ねられます。そして、シェフ自身のソーシャルメディアでイベント告知から集客まで完結してしまう。広告もメディアも介さず、シェフ自身がメディアになったいまの時代だからこそ、コラボイベントはここまで隆盛を極めています。

 コラボイベントを開催することは、どんな効果を生み出すのでしょうか。「世界のベストレストラン50」日本評議委員長(チェアマン)として、日ごろから「日本のシェフや食のすばらしさを世界に発信することが、日本の観光立国化につながる」と提唱する中村孝則さんは、さまざまなコラボレーションの体験を通じてこう語ります。「異なる文化的背景を持つシェフ同士が、技術や感性を交差することでお互いに刺激を受け、新しいクリエーションが生み出されます。それをお互いのレストランのファンに届けることで、新しいファンを得られる機会につながります。また、日本のシェフが海外で活躍することは、日本の食文化が世界で地位を獲得することに直結します。一方、海外のトップシェフを招くことで、世界のガストロノミー(食文化)の最先端を日本のファンに伝えることもできます」。

 文化の交流によって次々に生み出される新しい料理。そう聞くと、とっても興味がわいてきませんか。そのうえ「コラボイベントはふたりのトップシェフの作品を体験できる貴重な機会ですが、だからといって料金が2倍になることはほぼない。食べ手にとってお得ともいえます」(中村孝則さん)。たとえば今回の場合、ベルギーのブルージュに行くのはなかなか遠いけれど、コラボディナーのおかげで東京にいながら三つ星の味を体験できたわけで、コラボイベントは食べ手にとってもメリットがいっぱいあります。

左からヒェルトさん、川手さん、ヒェルトさんのスーシェフのジェフさん。料理人にとって体力づくりは大切と、ジェフさんはトライアスロンにも取り組んでいます

 とはいえ、コラボイベントは主催するシェフのレストラン(つまり個人店)で開催されることが多く、数の限られた座席を予約するのはなかなか困難です。「シェフは全身全霊で最高の料理に向き合うのだから、食べる側にも努力していただきたい。世界中からゲストが集まるいまの時代に、何もせずいきなり座席を獲得するのは、確かに困難です」と中村孝則さん。シェフが駆け出しのうちから応援して信頼関係を築く、これぞというレストランに通い常連客になる、ソーシャルメディアを活用してシェフの活動を応援するなど、これからでもできるさまざまなヒントを教えてくれました。

客席が固唾をのんで見守っていた「フロリレージュ」とは対照的に、くだけた雰囲気でときおり冗談も飛んだ「ラシーム」のダイニング。メニューは最後に配る演出で、次に何が登場するかわからないままコースが進みました

 ちなみに筆者の経験上、シェフは「料理人と外国人に弱い」。これはシェフの立場になって考えると当然。たとえばコツコツとお金を貯めては自分の店に通ってくれる勉強熱心な若い料理人といった人に、シェフはほんとうに優しい。まあ、読者のみなさまのほとんどは、筆者と同じく料理人ではないと思いますので、残る手段は海外に飛んで外国人客になること。自分の料理を食べたくてわざわざ飛行機に乗って外国から来たから、何とかしてあげようと思ってくれるかどうかは、シェフの人柄にもよりますが……。

 筆者の体験では、外国、とくにアジアで席を獲得できる成功率は半分くらい。と思いきや、今この原稿を執筆しているペルーでは、さらに席が取りやすくて驚きました。ポイントは「昼でも夜でも日付けがいつであろうと(ちなみに筆者はレストランのためにナスカの地上絵ツアーをキャンセル)レストランの都合に合わせること」と「ひとりであること」です。

 美食の世界の最先端を味わえるコラボイベント。それは世界との文化交流の扉が開くきっかけにもなります。今回来日して感じた日本人シェフのあふれるような創造性や情熱、それを受け止めて自分を待ちわびていた日本のガストロノミーファン、世界最高品質とも言われるクオリティーの高い食材を供給する生産者。それらの持つポテンシャルの高さを彼自身の言葉で正確に表現しようと、ヒェルトさん(母語はオランダ語)は辞書まで使って丁寧に話してくれました。これからこの三つ星シェフは、どんな風に世界に日本の魅力を発信するのでしょうか。

左からヒェルトさん、すばらしい食材を提供してくれた広島「梶谷農園」の梶谷ユズルさん、高田さん。梶谷さんと高田さんの息のあった掛け合いがまたおもしろく、関西文化を実感しました(江藤詩文撮影)

 また、今回、ベルギー・フランダース地方を訪れた日本の3シェフも、ベルギー・フランダース地方の魅力を確実に日本のファンに伝えていました。「ヒェルトさんの料理の背景には、アントワープやブルージュといったヨーロッパらしい歴史の刻まれた風景や、そこで生まれた芸術などの文化があります。一方、日本人である僕の料理には東洋の芸術、江戸文化といった、ヨーロッパとは違う日本らしい凛(りん)とした空気が宿っていると思う。料理を通じてそんな違いが伝わったら嬉しいですね」(「フロリレージュ」川手さん)。

 「ヒェルトさんの美しい料理の数々を味わったら、誰でも自然とフランダース地方への興味が生まれるでしょう。それがガストロノミーの持つ力です。僕自身、ヒェルトさんのあの感性を生み出したブルージュという町に行きたくなりました」と中村さん。そんなフランダース地方の魅力は、また後日今度は現地からお伝えする予定です。

取材協力:ベルギー・フランダース政府観光局
http://www.visitflanders.com/ja/ 

公益財団法人アーツフランダース・ジャパン
http://www.flanders.jp/

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