旅空子の日本列島「味」な旅

“どんこ船”で川下り 北原白秋の詩情豊かな水郷柳川

  • 文・写真 中尾隆之
  • 2018年3月13日

柳川観光の主役のどんこ舟での川下り

  • 優雅な洋風建築の藩主立花氏別邸の御花

  • 香ばしい匂いを漂わせる「川下りせんべい」

  • 白壁・なまこ壁が美しい北原白秋生家

  • 北原家の暮らしをしのばせる生家内

[PR]

 春3月、堀の水がいくぶんぬるみ、柳の芽吹きも見える。ここ柳川は、福岡県南西部、筑後川河口にひらけた城下町である。関ヶ原の戦い後は戦功のあった田中吉政が入封(にゅうほう:土地を与えられた大名がその領地に入ること)し35万石を領して5層の天守閣を構え、水路を縦横に巡らせた。

 田中家には嗣子がなく、後年城主になったのは以前の領主だった立花氏。明治維新まで続いた。天守閣は明治5年の大火で焼失したが、鹿鳴館風の旧立花家別邸(御花)と松島を模した名庭の松濤園が名残を伝える。城の防衛や灌漑(かんがい)用水、水上交通に使われた水路も残ったが、無用の長物になって、ドブ川化。埋め立ての話に市民が反対して浄化運動が起こり、やがてよみがえった水郷風景は柳川観光の切り札になった。

 西鉄柳川駅から歩いて5分ほどの乗り場からどんこ舟(柳川市の水路を巡る際に使用される舟)の川下りをスタート。長い竹ざおで突き押す舟に身を任せ、船頭さんのガイドを聞きながら低い目線で見る、城跡の石垣やれんがの並倉(ならびぐら:倉庫建築の一種)、狭く低い石橋、民家の台所、白壁土蔵の風景は新鮮に映った。

 途中、船頭さんが何首か朗読したのが、ここ柳川生まれで明治・大正・昭和時代に活躍した北原白秋の歌。終点の池の端には、この地方きっての回船問屋から転じて成功を収めた福岡屈指の造り酒屋の白秋生家がある。白秋は“おぼっちゃま”として育つが、16歳の時、一帯の大火で母屋だけ残して多数あった酒蔵が焼失。やがて家業が傾き、ついには破産。東京に出て早稲田で学び、文才を磨き上げた。

 その生涯と活躍・暮らしぶりを白壁・なまこ壁土蔵の白秋生家と奥の記念館で学び、「この道」「ペチカ」「待ちぼうけ」など童謡の作詞が多いことを改めて知った。詩人として有名になった白秋は、「色にして老木の柳のうちしだる 我が柳河の水の豊けさ」など、ふるさと柳川の風物や生まれ育った実家への懐旧の思いを作品で発表。20年ぶりの後ろめたい帰郷では、ふるさとの人の熱い歓迎を受けた。

 白秋の遊んだ柳並木の船着き場の沖の端で、名物のうなぎのセイロ蒸しを食べようとしたが、時間がなくて断念。代わりに香ばしくカリッと手焼きするはりまやで「川下りせんべい」を買った。白秋の童謡のように素朴でやさしく、懐かしい甘さが響いた。

交通
・西鉄天神大牟田線西鉄柳川駅下車
・JR鹿児島線瀬高駅からバス

問合せ
・柳川市観光課 0944-73-8111
・柳川市観光案内所 0944-74-0891

※都道府県アンテナショップサイト「風土47」より転載。

※文中の施設名のリンク先は楽天トラベルの情報ページです。

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

PROFILE

中尾隆之(なかお・たかゆき)ライター

nakao takayuki

高校教師、出版社を経てフリーの紀行文筆業。町並み、鉄道、温泉、味のコラム、エッセイ、ガイド文を新聞、雑誌等に執筆。著作は「町並み細見」「全国和菓子風土記」「日本の旅情60選」など多数。07年に全国銘菓「通」選手権・初代TVチャンピオン(テレビ東京系)。日本旅のペンクラブ代表・理事、北海道生まれ、早大卒。「風土47」でコラムを連載中。

風土47

fudo47

都道府県のアンテナショップの情報を集めたポータルサイト。全国的には知られていないけれど味も生産者の思いも一級品、そんな隠れた名品を紹介する「日本全国・逸品探訪」など様々な記事が掲載されている。

今、あなたにオススメ

Pickup!