川島蓉子のひとむすび

<8>宿が地方文化の“センターハブ”に ~里山十帖(後編)

  • 文 川島蓉子 写真 鈴木愛子
  • 2017年1月11日

雄大な山並みをのぞみながら浸かる温泉

  • 「里山十帖」の周辺には豊かな緑が広がっている

  • 地元ならではの素材を活かした創造的な料理の数々

  • その場で作る味噌汁などが充実した朝食

  • 昔は収穫した稲を吊るして自然乾燥させていた

  • 宿の一画には、自家製の調味料はじめ地元の工芸品を売るコーナーもある

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 新潟県南魚沼市に「里山十帖」という宿があります。代表取締役でありクリエーティブディレクターを務める岩佐十良さんは、この宿を運営するとともに、雑誌『自遊人』の編集を手がけてきました。本連載の2回に分け、その経緯を追ってきましたが、最終回は、地域の価値を掘り起こすことに触れたいと思います。

農家と契約して伝統野菜を安定供給

 岩佐さんが「里山十帖」を始めたのは、2004年に東京から南魚沼に移り住み、「地方の置かれている現状に対して、何らかのアプローチができないか」と考えたことにありました。「南魚沼という地方は素晴らしい」と実感したからです。まずは食環境。南魚沼産のコシヒカリは全国的に有名ですが、それ以外にも、京都や金沢に負けない伝統野菜があり、「八海山」や「鶴齢」といった日本酒もあります。雪国ならではの保存食・発酵食という食文化も残っています。独自性があって豊かな食が、ごく身近にあるのです。

 まず、提供する食事は「農作物そのままの味と香りを感じるような『自然派日本料理』に」――添加物はじめ、化学調味料やだしの素はいっさい使わない。米、みそ、漬物などは“自家製”です。野菜は近隣で採れる伝統野菜、肉や魚も地元の新鮮なものを厳選しています。そこに、京都の料亭で修行した料理人の創造性を盛り込んであるのです。たとえば、古くから伝わる焼き畑農業で作った赤カブは、皮に凝縮されているうまみ成分を生かすため、カブを器に見立てて丸ごと食べられるスープ料理に。あるいは、在来種のそば粉を使い、地物キノコをあわせたそばパスタ「こそば」など、知恵とセンスあふれた料理に仕立てています。

 「伝統野菜は契約栽培で作ってもらっているのです」と岩佐さん。日本各地に固有の伝統野菜があるのですが、手間ひまがかかる上に作り手が減っていて先細りの状況。だから岩佐さんは、農家と契約して安定的に供給してもらうことで、宿を訪れた人にとっては、この地ならではの伝統野菜を味わうことができるし、農家にとっては、伝統の農業や農法を続けていくことができる――価値を伝えるとともに、良好な経済循環を生み出せると考えてのことです。

 自然環境も財産のひとつです。南魚沼は、標高2000m級の山々に囲まれた森林が広がり、渓谷や滝が点在している土地。身近に自然があることで、四季とりどりの厳しさや楽しさを体感できる。大自然の力が心身に活力を与えてくれるのです。

 あまり知られていないことですが、南魚沼には温泉という資源もあります。源泉の湧出(ゆうしゅつ)量が毎分1万8495リットルもあって、これは全国で8位に位置するもの。「僕から見たら大きな価値があるのに地元の人は気づいていない。もったいないと感じました」(岩佐さん)。地方の豊かさや可能性を生かそうと、宿を始めたのです。

 宿で過ごすことは、食に限らず、温泉につかり、周囲の自然に触れ、その地方の時空間を味わうことを意味しています。実際、「里山十帖」に滞在し、稲刈り作業を目の当たりにし、雪深い地の黒々とした森林に触れた経験は、南魚沼という地と結びついた思い出になっています。息つくひまもないような都会での暮らしを離れ、五感を開かせてリラックスした体験は尊いもの。ネットが発達すればするほど、地方ならではの価値は、まだまだ生かせると感じました。

毎月、住民も参加できるイベントを開催

 一方、都会から訪れる人が増えることで、地方が刺激を受けることもあるのではないでしょうか。「宿は、地方の文化の“センターハブ”になることができる、非常に大きな可能性を秘めていると思います」(岩佐さん)。「里山十帖」では月に1回、たとえば元・武雄市長の樋渡啓祐さんといった専門家をゲストに招いたイベントを開催しています。宿泊客に加え、周辺市町村の人も参加できるようにしているのです。ゲストが一方的に話して終わりではなく、話し手と聞き手、あるいは聞き手同士と、さまざまな対話や交流が生まれる場作りをという意図からです。

 地方の価値というと、“東京目線で取り上げる地方”という一方的な感覚が、少し気になっていました。“地方目線からとらえる東京”もあるでしょうし、“地方と地方がつながって創る価値”など、さまざまなことを興すことが日本全体を元気にしていくのではないでしょうか。南魚沼に限らず日本の地方には、独自性を持った財産が埋もれています。それは、地域が持っている固有の環境から生まれたものであり、表層的にまねできるものではないのです。だからこそ「わざわざ行って体験する」意味が大きい――そこに手間ひまをかけている岩佐さんの仕事を魅力的と感じました。

■里山十帖(さとやまじゅうじょう)
新潟県南魚沼市大沢1209-6
http://www.satoyama-jujo.com

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PROFILE

川島蓉子(かわしま・ようこ) 伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト

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伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。多摩美術大学非常勤講師。 日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)、などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。
ifs未来研究所 http://ifs-miraiken.jp

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