このパンがすごい!

限界を超えて美味があふれる/ル・ルソール

  • 文・写真 池田浩明
  • 2017年1月17日

クロワッサン、パン・オ・ショコラ、ルレ・オ・ピスターシュなどヴィエノワズリーがのった棚

  • バゲット

  • クロワッサン

  • ルッコラと生ハム

  • タルティーヌ(左)とクロックムッシュ

  • 店内風景

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ル・ルソール(東京)

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 モード界に衝撃を与え、大きな成功を収めた香水「シャネルNo.5」。ココ・シャネルが、そこに調合したのは、それまで香水に使われてきたような「いい香り」ばかりではなかったという。異性を誘う香りを作りだすために、いわばフェロモンを潜ませた。

 ル・ルソールのバゲットにも同じことがいえる。皮は極めて甘く、コクがあり、オイリーなとろけもあいまってバターのようだ。フランス産小麦のバゲットで特徴的なこの感覚を国産小麦で再現しているのは希有だと思う。一方で、中身に「フェロモン」がある。自家培養するルヴァン種の香り。獣のような野性味に満ちた「フェロモン」が皮の甘美さと表裏一体となることで、食べ手の感覚を引き裂き、本能を呼び起こすのだ。

 清水宣光シェフの作るものは、「パンはこういうものだ」という暗黙の先入観をあっけなく超える。クロワッサンもそう。オレンジ色の輝きは芸術。フラジールさ(もろさ)はパリの粋(いき)を体現する。噛(か)んだ瞬間、くしゃっと紙風船のようにはかなく潰(つい)え去る。皮はあまりに薄く、いくら気をつけてもはらはらと羽根のように舞い落ちる。バター感は芳醇(ほうじゅん)であり、極めてピュア。フリットのようなコクに満ちた皮の香ばしさはやがて、内部で生々しいままのバター感へと移ろう。あまりにもフレッシュなために、舌先でちゅるちゅると本当にバターが溶けているみたいに感じられる。鼻へ抜けていく発酵バターの感じも相まって、北海道産小麦が溶けていくときのフレーバーの微妙なゆらめきと戯れあう。

 「北海道産の低水分バターを使っています。浮きがいいし、油脂分も多くなるので、香りもよくなる。発酵バターなので乳酸発酵のフレーバーもあります」

 いい材料を、これでしかないという最高のバランスで配したときにも、先入観を超えたおいしさが生まれる。たとえば、ルッコラと生ハムというチャバタのサンドイッチ。チャバタがぱふっと沈む。あまりにしなやかなため、パンの上と下がくっついたそのとき、ぷちっと歯切れが訪れると、今度はぼわーんとふくらんで元の高さへと復元する、この快き弾力。生ハムから油がとろけ、出現する力強い旨味(うまみ)と塩気。その狂おしさに、ルッコラのスパイシーさとフレッシュさが拮抗する。一方、生ハムの熟成香はふりかけられたパルミジャーノレッジャーノの熟成香と響きあい、チーズのミルキーさを召還する。さらにミルキーさは国産小麦の口溶けの感じへとつながっていき、さわやかにふりまかれたバジルオイルのフレーバーは具材全体をイタリアンな風で包む。パンと具材はすべての風味が打ち消し合わずに同時に感じられる正確なバランスで配されているので、あっちへこっちへとぐるぐるまわりつづけて、飽きることがない。

 「いい材料を使うことを店のコンセプトにしています。でもバランスが崩れてしまうと、使ってる意味がない」

 ル・ルソールのすごいパンは枚挙に暇(いとま)がないが、もうひとつ、ショコラブランを挙げよう。パン・オ・レ(ミルクパン)は、歯を包みこむように、やわらかく沈む。みっちりとした密度の中身がちゅるちゅると溶けてミルクの香りがあふれだす。かと思った次の瞬間、別次元のミルキーさの快楽へスリップする。ホワイトチョコが溶けたのだ。油分は狂おしく、バニラの香りとともに長い余韻のあいだもふくらみつづける。単に混ぜ込むのではない、大粒のホワイトチョコは惜しげもなく層となるほどはさまれているので、そこに歯が届いた途端にホワイトチョコの大波にさらわれる。

 「ベルギーのデルコラーデ社のものをつかっています。以前はホワイトチョコが嫌いだったのですが、フランスで食べたものがすごくおいしくて。本当においしいホワイトチョコを食べてもらってみなさんに好きになってもらいたい」

 本当においしいものを食べると、先入観は覆され、いままで嫌いだったものさえ、好きになる。仮構の限界地点を超えて、おいしさがもっともっとあふれだしてくるものなのだ。

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ル・ルソール(Le Ressort)
東京都目黒区駒場3-11-14 明和ビル
03・3467・1172
9:00~18:00(月曜休み=祝日の場合は営業、翌火曜休み)

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PROFILE

池田浩明(いけだ・ひろあき)ライター

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

BOOK

『日本全国 このパンがすごい!』(発行・朝日新聞出版) 池田浩明 著

写真

連載をまとめた「日本全国このパンがすごい!」(朝日新聞出版)が待望の書籍化!北海道から沖縄まで全国の「すごいパン屋!」を紹介。ディレクターズカットを断行、エッセンスを凝縮し、パンへの思いもより熱々で味わっていただけます。
税込1,296円

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