あゆみ食堂のお弁当

<49>家を出た優しい異母姉に、感謝の気持ちを

  • 写真 平野太呂
  • 2017年3月9日

  

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  • たけのこご飯/里芋とふきみそとチーズの春巻き/黒酢照り焼きチキン/のり巻き卵焼き/菜の花のからしあえ/にんじんのたらこ炒め

  • 朱塗りの愛らしい小判弁当箱。通勤カバンに入れやすいサイズです

〈依頼人プロフィール〉

飯森美代子さん 53歳 女性
長野県在住
行政書士

    ◇

 私と姉は12歳離れた異母姉妹です。姉の母は、姉が6歳の時に病気で亡くなり、私の母が後妻になりました。私が生まれた時、父も母も私に関わる時間が増え、きっと姉は寂しかったと思います。私をいじめたい心境に駆られてもおかしくなかったのに、記憶にあるのは、いつも優しくて頼もしい姉でした。

 でも、大好きだった姉を大嫌いになった時期があります。姉が結婚して家を出た時でした。姉が結婚する4年前、父が事故で死にました。私が8歳の時でした。父が死んだ日、姉は私に言いました。「これからは母ちゃんと3人で、力を合わせて生きていこうね」と。なのに姉は家を出てしまった。あの時誓い合ったことを忘れてしまったんだ。私が子どもだから、平気で裏切ったんだ。そう考えたら悔しくて、姉を避けるようになりました。

 私が高校生の頃、母が姉のことを話してくれました。姉は婿取りをして、私と母と暮らすことを考えていた。けれど姉の叔母さんに「お前は、あの家を出なければいけない。父ちゃんがいない今、お前は継子なんだから」と諭されたというのです。「私は、ここに居ちゃいけないの」。姉の問いに、母は首を横に振ったそうです。姉の心の葛藤を思うと、胸が締め付けられました。

 20年前、母が脳梗塞(こうそく)に倒れ、介護が必要になりました。私は離職し、17年間在宅で介護しました。その間も私が頼めば、姉はいつも手伝いに来てくれました。

 母をみとった後、私は行政書士として起業しました。けれど仕事を軌道に乗せるのは難しく、苦闘する私を今も支えてくれます。私にはまだ恩返しはできません。せめて感謝の気持ちをお弁当に託して、渡したいと考えています。

 歳が離れていることもあり、一緒に食卓を囲んだ記憶はあまりありませんが、母の味で私がよく覚えているのは、でんぶと薄焼き卵、のりを使ったおむすびです。もしかしたら姉も食べたことがあるかもしれません。

 姉は、結婚前は寝ることが趣味かと思うくらい寝ていましたが、今は午前4時前には起きて、ビジネスホテルの厨房(ちゅうぼう)で朝食作りのパートに励んでいます。朝の仕事を終えてからゆっくりと食べる昼食用のお弁当を差し入れられたらうれしいなと思っています。どうぞよろしくお願い致します。

あゆみ食堂のお弁当

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PROFILE

大塩あゆ美(おおしお・あゆみ)

写真

出張料理 “あゆみ食堂” として、様々なイベント、展示会などでケータリングを行う。料理を食べる人、食べる環境、コンセプトに合わせて作る“オーダーメイドレシピ”も多く手がける。季節ごとの食材で楽しくおいしい食卓を作りながら、日本の生産者の食材と食べ手をつなぎたいと思いながら活動中。

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