おいしいゲストハウス

<19>根津の400平米ソーシャル空間~HOTEL GRAPHY NEZU(前編)

  • 文・写真 宇佐美里圭
  • 2017年3月14日

 気持ちのよさそうなテラス席に、全面ガラス扉のオープンな雰囲気のカフェ。あたたかな明かりに誘われ、つい引き寄せられてしまうこの場所は、2013年にオープンした「HOTEL GRAPHY NEZU」だ。千代田線根津駅から徒歩3分ほど、住宅街の中でひときわ目を引く。

 中に入ると、まずその広々としたぜいたくな空間に驚いてしまう。1階にはヨガや映画の上映会などいろいろなイベントに使われる和室、CAFE & LOUNGEをはじめ、宿泊客が使える広いリビング、「バルミューダ」のトースターや「ヘルシオ」「ル・クルーゼ」などもそろったキッチン、書斎があり、そのすべてがゆったりとしている。それもそのはず、共用スペースは合計で400平米もあるのだ。

 運営しているのはソーシャルアパートメント事業で知られている株式会社グローバルエージェンツ。ここは、もともとソーシャルアパートメント兼ゲストハウスとして建てられたため、交流スペースやキッチンが充実しているのだ。インバウンドによるホテルの需要拡大に合わせて段階的にホテルに移行し、昨年末頃から完全に宿泊施設となった。

 1階のカフェは、もちろん宿泊客以外も使える。朝7時から23時まで365日オープンしており、蔵前のSOL'S COFFEEとのコラボレーションで作ったオリジナルブレンドのコーヒーや、クラフトビール、ウイスキーといったドリンクから、サンドイッチやカレーライスなどの軽食も食べられる。人気があるのは「“DASHIMAKI”エッグサンド」(900円)。甘いだし巻き卵と和辛子のコンビネーションがクセになるおいしさだ。その他、夜や週末は根津で手に入れた食材を使った「根津バーガー」なども食べられる。

 面白いのはこの広い空間を生かし、様々なイベントが開催されていることだろう。SOL'S COFFEEのコーヒーワークショップやKitchHikeとコラボレーションした中東料理教室、本のお祭り「Dive in books!」、野菜や植物などグリーンをテーマにした「THE GREEN HOTEL'S MARKET」、フィンランドの照明メーカー、セクトデザインの照明器具を展示した「フィンランドの森から」など、とにかく毎月いろいろなイベントが開かれている。

 このイベントを企画運営しているのが、株式会社グローバルエージェンツ飲食事業部で、HOTEL GRAPHY NEZU「CAFE & LOUNGE」の店長をしている荒井健さん(34)だ。

「魅力的なハコがあるので、それを生かして何でもやりたいと思っています。近所の町内会の集まりから、食をテーマにしたイベント、社内イベント、ドラマやCMの撮影まで、いろいろなことに使っていただいています。イベントを通してホテルの価値を高めるのが僕の仕事です」

東日本大震災後、ピンときたのが「食」だった

 荒井さんが入社したのは1年ほど前だが、ここにたどり着くまでは、実にいろいろなことを経験してきた。学生時代は日本大学藝術学部の映画学科でカメラマンの勉強をしつつ音楽やダンスにのめり込み、「ミスチルが好きすぎて」、彼らが所属していた音楽事務所に入社。しかし1年ほど経ったときに当時の恋人が妊娠したため、不規則だった音楽事務所の仕事を辞め、浅草の打楽器専門店、コマキ楽器に転職した。そこで5年ほど楽器の輸入卸しなどを担当していたが、次第に自分の仕事に疑問を抱くようになったという。

「東日本大震災をきっかけに、大量生産、大量消費の生活をこれまでのように続けてはいけない、と考えるようになったんです。しかも、自分のいた音楽業界にはこれから大寒波がくるぞ、とひしひし感じていました。20年後はおそらく全然違う世界になるはずです。もともと何かで独立したいとは思っていましたが、音楽の世界で独立しようとは思えませんでした」

 そんなときにピンときたのが「食」だった。荒井さんはもともとアトピーがあり、食べるものにはずっと気を遣っていた。世界を見回しても、オーガニックやビーガンへ向かう傾向は止まらず、食への意識はどんどん高くなっている。いろいろと考えた末、「農家になるか、料理人になろう」と決めた。これまでとは全然違う世界だったが、思い切って将来の道を絞り込んだ。

 一度決心さえすえば、自然に新たな扉が開かれるもの。荒井さんは蔵前にオープンしたばかりの自然食レストラン「結わえる」に出会った。2013年、荒井さんが31歳の頃だった。

「たまたま求人サイトで見つけたのですが、『結わえる』は玄米をメインにしたメニューを出し、生産者と直接やりとりしたり、自分たちで野菜を作ったりしているレストランです。食へのアプローチや考え方が魅力的でした」

 すぐに店長として働くことになり、毎日蔵前へ通い始めた。実は、この経験がさらに出会いをもたらすことになる。『結わえる』の隣にあったのが、本連載第1回で紹介したゲストハウス、Nui.だった。

「休憩時間になるとよくNui.へ行っていたのですが、そこでものすごく人脈が広がりました。それまでの10倍ではすみません。オーナーをはじめ、スタッフの子たちと仲良くなり、彼らからどんどん紹介され……。当時、あの場所はすごいエネルギーが渦巻いていました。蔵前で事業を起こしたベンチャーの社長、アパレル、デザイン、音楽関係者……東京中の感度の高い人たちがうわっと集まっていたんです」

 何かが生まれる前の“化学反応”が起こるべくして起こる場所に、荒井さんは居合わせたのだ。彼らとつき合う中で、徐々に自分が向かうべき方向性が見えてきた。「飲食店をメインに、簡易宿泊もできる場所を作ろう」。そう目指すべき方向が決まると、荒井さんは1年ほどでレストランを辞め、まずは資金集めに集中することになった。

(後編は3月28日掲載予定です)

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