このパンがすごい!

【特別編】パンを通して時代が見える パンラボ主宰池田浩明さん

  • 特別編
  • 2017年3月17日

池田浩明さん

  • トークの機会も増えたが「本当は口下手でコミュニケーションも苦手。記事を読んで『池田はこんなことを考えていたのか』と思う方が多いみたいです」

  • パンのことをもっと知りたくて、同好の編集者やデザイナーらと結成したのが「パンラボ」。メンバーの漫画家・堀道広さん(右)と

  • 取材の七つ道具。ノート、カメラはもちろん、ミニまな板やナイフ、台紙にするクッキングペーパーも必携

  • 「新麦プロジェクト」では、全国の小麦生産者と製粉会社、ベーカリー、パン好きの消費者をつなぐ活動にとりくむ

  • 「日本全国このパンがすごい!」には熊本の被災地のパンと小麦を巡る旅の記録も特別編として収録。特産の小麦「Premium T」を通して、地元の農家、製粉業者、パン職人のネットワークが生まれた様子が記されている

  • 初めて行くお店でパンを選ぶコツは?「ブーランジェリーなどのフランス系のお店ならバゲット、〇〇ベーカリーといった地域密着型の日本的なパン屋さんなら食パン。そのお店の中心になるものをまず食べるようにしています」

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 おいしいパンを求めて東へ西へ。希代のパンおたく・池田浩明さんが全国を旅して見つけた名店を紹介する&wの人気連載が単行本「日本全国 このパンがすごい!」(朝日新聞出版)になりました。あらゆるパンに愛情を注ぎ、その魅力を熱く書きまくる池田さんってどんな人? 本の刊行を機に、じっくりお話をうかがいました。

――記憶に残る最初のパンって何ですか?

 山崎のあんぱんとかですかね。子どものころはまだ手作りのパン屋さんなんかなかったから、駄菓子屋兼パン屋さんみたいな近所のお店で買ったのが最初のパン。「子どもひとりでここまでなら行っていい」っていう結界の手前あたりに山崎パンのお店があって、よくお使いにいきました。ふだんは10円のガムとかしか買えないけれど、たまに菓子パンを買ってもらったり。ごほうび的なものがある特別な場所でした。

 初めてバゲットを食べたのは幼稚園の頃。当時はフランスパンという呼び方しか知らなかったけれど、母がデパートで買ってきてくれた。包み紙に印刷されたパリの風景の絵も珍しくて、なぞって描いたのを覚えています。

 小学校2年の時に食べたポンパドウルのブリオッシュには衝撃を受けました。だるまみたいな面白い形で、バターたっぷりでほんのり甘くて、大好きになりました。お店に行くとクロワッサンとかバゲットとかいろんなパンもずらっと並んでいて、「パンってすげーな!」と思いました。実は、30歳を過ぎてブリオッシュを食べたとき、当時から現在まで食べたいろんなブリオッシュの記憶が走馬灯のようによみがえったことがあったんです。プルーストの「失われた時を求めて」の主人公がマドレーヌを食べて子ども時代の記憶を呼び覚まされたように。そんな「プルースト現象」が、パンについて書く仕事の原点になりました。

――出版社を退職してパリへ行ったのも、パンを勉強するため?

 いいえ、特に意識していませんでした。フランス映画がすごく好きで、ああいうすごい映画を作る人はどういう頭の中になってるのかを知りたくて、パリにしばらく住んでみようと思ったんです。でも、到着初日から、街を歩くとそこかしこでパン屋に出会う。しかも、どの店もすごくおいしそう。一軒見つけるたびにバゲットやクロワッサンを買いました。立ち寄らないと先に進めない。電柱ごとに止まる犬の散歩みたいでしたね(笑)。みんなパリに行ったらこうなるんだろうなと思っていたんだけど、他の人に聞くと「そんなことしない」って。そこで、ああ僕はパンが好きなんだなと気づきました。

 パリで食いつなぐために、街角の風景をパノラマ写真で撮って「パリのおさんぽ」という本を作りました。先日その本を見返していたら、本に登場するパン屋さんがいまや日本でも知られるような名店ぞろいだったことに気が付いた。その町の雰囲気も店構えもいい感じで、「パンはお店に行く前から始まっているのだ」と再認識しました。パン屋に向かう道を歩きながらわくわくし、パン屋さんの店構えにときめく。そんなことすべてをひっくるめて、パンがある。だから、誰かが買ってきてくれたパンがいくらおいしくても、それだけで腑(ふ)に落ちることは意外にない。実際にその場所へ行き、お店に入り、棚をながめ、買って食べるという一連の行為の中でパンのイメージが出来上がってくる。「このパンがすごい!」も、パンのガイドに見えるかもしれませんが、僕にとっては取材した時の様々な思い出が切り離せない。こういう人たちがあんな思いをして作ったのだと言うことを含めてパンを味わっているのです。

パン屋巡りは、基本アポなし

――パンの魅力に取りつかれて帰国し、パン好きの仲間とパンの研究所「パンラボ」を結成。ユニークな切り口でパンの魅力を掘り下げてきました。

 パンは好きだけれど、パンについての知識はなかった。パン屋さんのプライスカードに、「国産小麦使用」とか「長時間発酵」とかいろんなことが書いてあるけれど、それがどういう味なのかわからない。それをうまく伝えられるようになれないかなというのが「パンラボ」の本作りの始まりです。

 まず、いろんなパンを買ってきてパン好きの仲間とみんなで食べ比べてみました。ヒントになったのは友人のフランス人のソムリエに「金曜の夜にみんなで遊ぶから来ない?」と誘われたこと。ソムリエ仲間がそれぞれワインを3~4本ずつ持ち寄って飲み比べしたんです。1本ずつ開けるんじゃなく、最初に全部開けてしまい、ちょっとずつ次々飲んで行く。こうすると前のワインの記憶があるうちに次のを飲むから違いがよくわかるんです。同じやり方でパンを食べ比べて、みんなでわいわい話し合った。その時の師匠が、愛パン家の渡邉政子さん。「すべてのパンを愛する」という精神も、渡邉さんから受け継いだもの。素晴らしいパン仲間と出会えたのはラッキーでした。

――「200軒のパン屋を巡る冒険」という企画を「パンラボ」のブログで始めたのが2011年。この時の取材スタイルが、「このパンがすごい!」のルーツにもなっています。なぜ巡ってみようと?

 今でもそうだけれど、僕はパンのことを全然わかっていないから、それくらいやらないと目指してるものにはなれないと思ったんです。あと、どうも世の中の皆さんは数で人を判断するんですね。テレビなどに出演すると、「今まで何軒パン屋に行ったか話してほしい」と必ず言われる。それまで数えていなかったけれど、数で判断されるのなら出さなきゃいけない。それで「200軒行く!」と仲間に宣言してしまったんです。忘れもしない、六本木の店でした。

 「パン屋ばかり200軒も行って、個性の違いを出せるの?」「うまいパン屋が200軒もある?」なんて言われたけれど、「そこに座っている人たちを見てくれ」と。「この人達それぞれにストーリーがあるはずだし、絶対それは面白くできる」。そう断言してはみたものの、 やったこともないから本当に面白くできるかどうかは未知数。とりあえず家の近所から取材を始めました。何軒か行ってみたら、どれもこれも全部違う。これならできそうだという手応えを得ました。当時も今も、自分が食べて色々評論するだけだったら面白くないと思っていました。自分があーだこーだ書くことなんてちっぽけでつまらない。やっぱり、そのお店の方に話を聞いて書かないとダメだと思っています。

――取材先はどうやって選ぶのですか?

 基本はアポなしです。いきなりお店に行って、名乗らずにパンを買う。そして近くの公園などを探すんです。まず、写真を撮って、その後に食べて、感想をメモに取る。うまいと思ったらお店に出直して「すいません、こういう者なんですが」と取材のお願いをする。だから冬場はきつくて。外でパンを食べて写真を撮るわけですから、つらいっすね。まな板、ナイフ、カメラ、敷き紙など取材の七つ道具的なものを持ち歩いているのでカバンも重くて、肩や腰に来てつらい(笑)。

パンのソムリエを目指して

――いつも感嘆するのが、パンのおいしさを再現する絶妙な表現力。食感も味わいもよくあんなに細かく覚えていますね。

 ただメモしているだけですよ。ボキャ貧なんで、僕ができることはたかが知れています。でも、逆にボキャ貧だからいいところもある。僕が目指しているのは、パンをワインのテイスティングのように表現することなんです。ワインは、このアロマはブルーベリーの味とか、このフレーバーは枯葉のようだとか、表現のパターンが決まっている。一対一で対応しているから体系化できる。パンもそんな風に体系化できたらいいなと思っています。みんながそんな風にパンのことを話せるようになることが最終目標。まだまだ道は遠いです。

 それが何の役立つかと言うと、ワインは成分や味、香りの仕組みが突き止められているので、この品種をこういうステップで発酵させるとこういう香りになるとわかる。だから、自分が思い描くものから逆算して品種を選んだり、作る過程を工夫できる。パンはまだまだ職人さんの感性に負うところが大きい。でも、体系化できれば、産地ごとの小麦の特徴を意識してソムリエ的なことができる。九州の小麦はこういうパンに合う、そのパンにこんなワインやあんな料理を合わせよう……と、いろんなものがつながる。小麦の品種に関心が向かえば、土地や風土への興味もわき、食に対しても意識的になっていく。

――そういう考え方が、小麦農家や製粉業者とパン屋、消費者を結ぶ「新麦コレクション」の活動につながっていったんですね。

 僕がパンを好きなのは、いろんな問題と必ずつながっているところ。政治、環境、アート……パンを通して今の時代の様々なことを考えられる。そこが好きなんです。分業制の世の中では、一番手間がかかる生産の現場がブラックボックスになりやすい。現場の苦労を知らなくても、お金さえ払えばなんとかなる――農薬や添加物、環境といった食をめぐる問題の多くは、そんな無関心に起因しているような気がします。なので、まずはどうやって作られているのかを知ってもらいたい。農家さんの顔が見える形で素材を選べるようになれば、もっとおいしく安全なものを作ろうと張り合いが出る。それが巡り巡って消費者の得にもなると思うんです。

 僕のパンの知識は本当ににわか仕込みで、たいしたことはありません。ただお店でパンを買っているだけだった者が、職人の方からお話を聞かせてもらうことになり、 厨房の様々な苦労を知った。さらにその先に小麦畑や製粉会社があって、それぞれの現場のいろんな努力を経てパンができていることがわかってきた。僕が知らないことは、 パンオタクではない普通の方はもっと知らないだろうから、ちゃんと伝えたいなっていうのはありますね。パン屋さんも、小麦農家さんも、注目されないところですごく頑張っている方がいる。そういう人たちを紹介したい。美味しかったですよ、と伝えて励ましたい。そんな使命感のようなものがパンについて書くことの原動力になっているんだと思います。

(構成・写真 深津純子)

     ◇

書籍を5名様にプレゼント、池田さんへの質問も募集中

「日本全国 このパンがすごい」の書籍を5名様にプレゼントします。また、書籍刊行記念特集として、特設ページ『池田さんに何でも聞いちゃうコーナー』を予定しています。日ごろの疑問や、池田さんについて聞きたいことなど、どしどしお寄せください。ご応募は こちらから。3月31日(金)正午締め切りです。

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PROFILE

池田浩明(いけだ・ひろあき)ライター

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

BOOK

『日本全国 このパンがすごい!』(発行・朝日新聞出版) 池田浩明 著

写真

連載をまとめた「日本全国このパンがすごい!」(朝日新聞出版)が待望の書籍化!北海道から沖縄まで全国の「すごいパン屋!」を紹介。ディレクターズカットを断行、エッセンスを凝縮し、パンへの思いもより熱々で味わっていただけます。
税込1,296円

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