鎌倉から、ものがたり。

「ケンブリッジに寄り道しました」(前編)

  • 文・写真 清野由美
  • 2017年4月21日

 しばらくご無沙汰をしていた「鎌倉から、ものがたり。」を、5月から再開します。また、どうぞよろしくお願いします。再開にあたって、「まちの持続可能性」を勉強するため、イギリスの大学街・ケンブリッジに寄り道をしていた取材者の報告から、はじめることができればと思います。 

    ◇

 「鎌倉から、ものがたり。」は、その前シリーズとなる「葉山から、はじまる。」を受けて、2014年11月に連載がスタートしました。

 葉山、そして鎌倉――。神奈川の海辺にある二つのまちではいま、ショップオーナーやフリーランスの人々が、時代の先端を行く感性で、自分だけのユニークな仕事をつくっている最中です。

 都会の流行とはひと味違う店、違う場所を次々と紹介した裏側には、「地域でマイクロビジネスをつくり出す面白さ」とともに、もう一つ、「ライフスタイルのイノベーション」を伝えたい、という思いがありました。

 たとえば現在、会社勤めが苦しいと思っている人がいたら、それだけが食べていく手立てではない。都会の競争でくたびれている人がいたら、居場所を変えることで、別の眺めが開けてくる――。生き方の転換は、自分の意志次第で可能なのだ、と希望を感じてもらいたかったのです。

 シリーズのきっかけは、2011年3月11日に起こった東日本大震災でした。絶対安全といわれていた原子力発電所がメルトダウンを起こし、放射能を拡散する。そのような深刻な現実を知った後、次に私たちはどう生きればいいのか。その問いに、敏感に反応する人たちが目立ったのが、葉山、鎌倉エリアだったのです。

なぜ、タワーマンションより、「鎌倉」なのか?

 取材を重ねる中で、さらにもう一つ、私の意識にのぼってきたテーマがありました。「まちが持続するとは、どういうことか」です。

 少し視野を広げてみます。

 20世紀・戦後のまちは「人口増加」「ベビーブーム」「住宅不足」という社会の課題を背負いながら、都心から郊外へと拡大の途をたどりました。しかし、21世紀の現在、私たちの社会が持つ課題は「人口減少」「少子化・高齢化」「空き家問題」と、当時とはまったく反対のものになっています。

 それら「いま」の課題に対して、20世紀の原理だった「経済成長」をもってきても、もはや十分な解決は見込めない時代です。代わりに私たちは、長期的・包括的な「持続可能性」に、焦点をあてなければなりません。なぜなら、21世紀の社会課題は、互いに深く関連しあっていて、経済成長も「持続可能性」の上で実現されるものだからです。

 そのような考え方は、東日本震災後の社会で、広く共有されるようになったと思います。

 しかし一方、東日本大震災から6年がたった現在、世界のやむなき変化は、「強さ」が小さきもの、美しきものを凌駕(りょうが)する現実を、私たちに突きつけます。ロシア、中国が超大国化する中で、アメリカに多様性を否定する大統領が誕生したことは、その一端でしょう。

 視点を身近におくと、力の行使はまちづくりでも同じです。たとえば、ささやかな歴史と暮らしを紡いできたまちに、ある日突然、という感じでタワーマンションが出現する。経済効果があるから、便利だから、という理由で、私たちが慣れ親しんできた風景が、次々とコンクリートのかたまりに変わっていく。

 世界の競争に対応するべき都会なら、速い変化は必要です。しかし、人々が暮らしを育むまちを、同じように考えてはいけないんじゃないか。まちが持続していくためには、タワーマンション以外の「解」も、求めていくべきじゃないか。そんな、もやもやとした疑問に対して、何か大切なヒントを発見できるのが、葉山、鎌倉という場所だということは、いつも感じていました。

 しかし、そのことを人に伝える中で、私はあるジレンマに直面しました。分かる人には、分かってもらえるけれど、分からない人には伝わらない、という現実です。

「なんで、タワーマンションがいけなくて、鎌倉がいいの?」

ケンブリッジの先生たちが寄せる、「鎌倉」への関心

 確かに、タワーマンションのような高度集約型の住宅は、駅や生活施設へのアクセス確保には、利点があります。行政にとっては、人口が増えることで税収増が見込め、住民サービスの向上につなげることができるし、企業にとっては、大きな開発は、そのまま大きな利益を意味します。

 しかし、1棟に500世帯が一気に移り住むといった「垂直のまち形態」には、コミュニティー形成の困難、災害時の懸念、環境への負荷など、リスク要因もたくさん潜んでいます。

 取材者として、それらのもやもやを、一度きちんと整理しておこう。そう考えた私は、50代半ばにして大学院に進学し、まちが持つべき「持続可能性」について、学術的な方向からアプローチしてみることにしました。

 さらに、先行するまちづくり例のフィールドワークをするべく、イギリスにも渡りました。近代化が日本よりも100年先行したヨーロッパのまちには、失敗もリカバリーも、事例が山のようにあります。それらを経験した人たちはいま、どんなまちを「よし」として、暮らしているのだろうか。そんな興味を募らせたのです。

 ケンブリッジ大学建築学部に客員研究を受け入れてもらい、昨夏、かの地でひたすら、「まちの持続可能性とは、どういうことか?」というテーマに向き合いました。

 ヨーロッパには、100年、200年、300年の歴史を持つまちがたくさんあります。たとえば「世界でいちばん美しいまち」といわれるケンブリッジは、写真シリーズでご覧いただけるとおりです。

 もちろん、日本とイギリスでは、社会の成り立ちが激しく違います。それ以前に、日本は地震大国、災害大国という、自然条件の大きな違いがあります。それでも驚くべきは、ここでは、中世以来の街並みが崩れることなく、格調を保ったまま継続していることです。

 なぜか? その答えをひと言でいうと、「戦略性」という固い言葉になってしまうのですが、ケンブリッジに限らず、ヨーロッパのまちには、「美しいことが強さにつながり、強いことが継続をうながす」という循環が、長い経験則の中で、できあがっている。それが社会全体にとっても「得」になる、という合意があるのです。

 繰り返しになりますが、それでも日本とイギリスは、距離も歴史も、互いに遠く離れていて、単純な比較はできません。

 ただ、留学中に一つ、私の印象に残ったことがあります。それは、ケンブリッジ大学で都市計画を専門としている先生たちが、日本のまちの将来的なあり方として、タワーマンションが並ぶ先進的なエリアではなく、「鎌倉」に興味を示したことでした。

 日本の文化と歴史を伝える木造建築が、低層の街並みの中に、数多く残り、それらの街並みの中から、新しい仕事を生み出している世代がいる――。

 観光地としてではなく、そのようなライフシフトの場として「鎌倉」がとらえられ、評価されたことは、私にまた新しい視点を与えてくれました。

(「ケンブリッジに寄り道しました」後編はこちら

>>写真特集はこちら

 

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

写真

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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