東京ではたらく

<1>小木戸 寛さん(32歳)/レストランマネジャー

  • 文 小林百合子 写真 野川かさね
  • 2017年5月11日

  

 いま、東京で働く人たちを取材し、仕事に対する思いや、そこに暮らす意味を聞くことで、「東京」という街について考え、魅力を再発見しようという新連載、「東京で、はたらく」。
 仕事とは? 東京で働くとは? その意義を問い直しながら、これからの東京と、時代を担っていく若者たちの声をお届けしていきます。第1回は、渋谷区のレストランマネジャー、小木戸寛さんのお話から――。

    ◇    

職業:レストランマネジャー(店長)
勤務地:渋谷区のイタリアンレストラン「Life son」 勤続:3年
勤務時間:お店の営業時間は10時~23時 休日:月曜日(定休日)
この仕事の面白いところ:日々発見
この仕事の大変なところ:体力勝負 

 

 出身は福岡県の北九州市です。自然もたくさんあって、田んぼを見ながら通学するような町でした。家族は両親と兄の4人。父は新聞社勤務、母は小学校の教師という、いわゆる“ちゃんとした”家庭で、子供時代に何かに困ったという経験はなかったですね。

 バンド活動をしていた4つ上の兄の影響で、中学から楽器を触るようになりました。当時はブルーハーツやハイスタンダードとかロックバンドがはやってて、なんかカッコイイな~っていう感じで。高校ではバンドを組んでました。

 福岡の大学に進学したのは純粋に都会暮らしへのあこがれと、一人暮らしがしたいっていう気持ちから。だから何を勉強したかと聞かれたら正直答えられません(笑)。飲食店に興味があったので、イタリアンレストランでアルバイトしてました。若いシェフと店長が切り盛りする店で、いろいろなことをいちから教えてもらいました。接客の仕方もそうですが、「トリッパって何だ?」「アクアパッツァってこんな料理なんだ!」とか(笑)。純粋に面白かったですね。

 大学4年の頃、そのシェフと店長が独立してレストランを出したんです。20席くらいの小さな店でしたけど、僕にとっては「30代で自分の店を持つ」というのは驚きだったし、憧れでもありました。「自分でお店を持って、音楽の活動もできたらすてきだろうな」って、そのときは漠然と思っていただけなんですけど、それが今の仕事につながる原点だったような気がしています。

 大学時代も音楽活動は続けていて、「東京に行ってミュージシャンになりたい」という思いはずっと持っていました。でも周囲が就職活動を始めると、やっぱりどうしようかな~という思いも少しは出てきて……。そんなとき、東京で役者をやっている兄から「一緒に音楽をやろう」という誘いを受けたんです。それで僕も上京を決めました。親は大反対でしたが、説得というより「とにかく行く」と、それだけ。父が東京の大学出身ということもあって、「若いうちはいいか」と、最後は折れる形で送り出してくれました。

東京でミュージシャンになりたい。

 上京して最初に住んだのは深大寺にあるアパートです。アルバイト代の半分が家賃にいくので、ギリギリの生活でした。2年間は月1、2回のペースでライブをやって、スタジオにこもって自主音源を作ってレコード会社に売り込むという修行みたいな感じです。

 いくつか大手レコード会社から声をかけてもらったこともあったんです。本社の個室みたいなところに呼ばれて、「もっとポップな曲を作れると売り込みやすいんだけどなあ」とか言われるわけです。言ってることはすごくわかるし、僕らも音楽を仕事にしたいと思ってるんですけど、やっぱり全然ときめかないんですよね。商品として作りこまれて、実力もないのに売り出されて、旬が過ぎたら終わり、みたいな。それでレコード会社に属さず、自主レーベルを立ち上げてCDをリリースしていこうということになったわけです。もちろん売れないと赤字になるんですが、その代わり誰にも口出しされず、自分たちの好きな音楽が作れる。自分たちにはそっちのほうが合ってるなと。

 最初のアルバムをリリースしたのが2011年です。タワーレコードに自分たちのCDが置いてあるのを見たときは本当にうれしかった。でも相変わらずバイト生活だし、あれ、もしかしてCD出してもごはん食べられないのか?って(笑)。それまでは漠然とCDを出したらごはんを食べていけると思っていたので、その時初めて現実を思い知りましたね。

 その後は徐々に全国ツアーを回ったり、憧れていたミュージシャンと同じステージに立てることも増えたのですが、そのなかで驚いたのは、一線で活躍するミュージシャンの中に、別の仕事を持っている人がけっこうな割合でいるということ。空間デザインとか、アパレルとか。平日は会社員で週末にレコーディングするという感じで。みんなスタートはアルバイトだったそうですが、週6日も働いてると、当然音楽より仕事のほうの腕が上がってくるわけです。バンドはその後に売れ始めたものだから、だったら別に音楽は仕事にしなくていいよねって。自分たちが作りたい音楽を作って、出したいときに自主レーベルからCDを出すみたいな感じです。

 で、ある日言われたんです、「寛くんもそうしたらいいよ」って。「飲食店が好きなら、それやりながら音楽やればって」。「え!? そんなのありなんだ!」って感じでしたね。でもそのとき、大学生の頃、自分のレストランで音楽ができたらいいなって思っていたことを思い出した。いいなあ、それはすごく理想だなって。自分たちはメジャーな会社で話を聞いてもピンとこなかったわけだから、そういうやり方のほうがきっと合ってるだろうなって。そんなことを考えていたとき偶然、イベントの演奏を頼まれたのが、今働いているレストランでした。

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PROFILE

小林百合子(こばやし・ゆりこ)編集者

写真

1980年兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、アラスカ大学フェアバンクス校で野生動物学を学ぶ。出版社勤務を経てフリーランスに。山岳・自然をテーマに雑誌や書籍の編集を手がける。2010年に女性向け登山雑誌『Hutte』(山と溪谷社)を立ち上げ、独自の視点で登山や自然の楽しみ方を提案した。著書に『山と山小屋』(野川かさねと共著、平凡社)、『山登りのいろはーたのしい登山のヒント集』『一生ものの、山道具』(ともにホシガラス山岳会著、パイ・インターナショナル)など。

野川かさね(のがわ・かさね) 写真家

写真

1977年生まれ。神奈川県出身。雑誌、書籍で活動するかたわら、ライフワークとして山を撮り続ける写真家。著書に『山と写真』(実業之日本社)、『山と山小屋』(小林百合子と共著、平凡社)、『山登りのいろはーたのしい登山のヒント集』『一生ものの、山道具』(ともにホシガラス山岳会著、パイ・インターナショナル)など。

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