東京の台所

<144>3人→3人と一匹→2人。変化する彼女の17年

  • 文・写真 大平一枝
  • 2017年5月17日

〈住人プロフィール〉
 フリーデザイナー兼アルバイト(女性)・52歳
 コーポラティブハウス・2LDK・世田谷区
 入居17年・築17年
 夫(55歳・イラストレーター)とのふたり暮らし

    ◇

 夫はイラストレーター、妻はグラフィックデザイナーという仕事柄もあり、アトリエ兼自宅はかなりスタイリッシュだ。15年前、一度、インテリア誌の取材を打診したが、そっと断られた。深追いはせず、いつか気が変わることがあったら是非にと伝えた。

 最近、我が子のようにかわいがっていた愛犬を亡くした。家で長い間看病をしていたので、私のような人間がカメラを担いで外の風を入れに行くことで、気分転換にでもなればとおこがましいようなことを考え、声をかけると快諾だった。

「あの頃は、同居の母の介護があって、取材はもちろん、お客さんを招くのを控えていたのよ」

 と、彼女はかつて取材を辞退したときの理由を教えてくれた。

 1993年、結婚。互いにフリーで自宅で仕事を始めた。そろそろ子どもがほしいなと思いかけた頃、同居していた彼女の母の末期がんが見つかる。それから7年、自宅で介護をした。

「私はひとりっ子で、母は離婚しており、身内が私しかいないので。本人に告知後、医師と相談して在宅緩和ケアをすることに。母は、食事だけは楽で、最後まで私達と同じものを食べてくれたから、それは助かったなあ」

 とは言え30代の大部分は、母の世話で終わった。命の灯が日に日に弱まっていくたった一人の肉親と向き合いながら、友達さえ思うように呼べない日々を過ごすのは辛くないはずがない。

 介護3年目の2000年、世田谷のコーポラティブハウスに転居した。コーポラティブハウスは、設計や間取りを、住戸ごとに自由に変えられるのが魅力だ。車椅子が通れるよう家中をバリアフリーにし、台所から母の寝室がつねに見えるよう、オープンカウンターにした。フォブコープで買ったダイニングテーブルはキャスター付きで、訪問入浴サービス車が来た時、かんたんにテーブルを移動して浴槽を置けるようにした。すべてが母仕様。限られたスペースで、介護も仕事も生活もできるよう、工夫を施した。

 3歳上の夫は、当時の彼女をこう振り返る。

「ひとり娘だから頼る人もいないのだけれど、意外に強いなと思いました」

 越して2年目に、愛犬ミニチュアシュナウザーが来た。名前はボイス。母の世話だけでも大変だったろうに、なぜペットを迎え入れる気になったのだろう──。

「ときどき、母はがんセンターに短期で入院することがあって。預けてひとりで帰る道が寂しいんだよね。それでペットショップに寄り道しているうちに、欲しくなっちゃって」

 3人+1匹の暮らしは2年続いた。私はその頃の彼女を、かわいいから、動物が好きだから飼い始めたのだろうくらいにしか思っていなかった。母を病院に残して帰るひとりの道は、どれほど心乱れ、せつなかったことだろう。

 母が天に召されてからの暮らしに喜びを与えてくれたのは、間違いなくボイスである。体が弱った晩年は、家でもペットカートに乗せていた。ベビーカーのように手押しのかわいらしいカートだ。かつて母が寝ていたところにそれを置き、彼女も彼も、毎日ボイスを見ながら夕ご飯を作った。

 今年春。ボイスが旅立った。まる3カ月が経つ今も、いつもの定位置にカートが置かれたままだった。点滴の道具もダイニングチェアの上にある。

 彼女は、晴れ晴れとした表情で語る。

「犬もお母さんも、最後までやりきったから」

 50代は、「なにか新しいことを始めようと思う」と目を輝かせる。

 母を見送った30代、愛犬とともに過ごした40代が彼女を強くしたのだろうか。それとも、もともと強い人なのだろうか。

 元気になってもらおう、などと考えていた自分が小さく思えた。

>>つづきはこちら

(次回は5月31日に掲載予定です)

◆「東京の台所」が厳選されてまとまった第2弾『男と女の台所』が、平凡社から出版されました。書き下ろしを含めた19の台所のお話はこちらから

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

写真

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば 辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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