朝日新聞ファッションニュース

違うまなざし、創造する装い 横浜と都内で展覧会

  • 2017年5月22日

昭憲皇太后着用大礼服=横浜市西区の横浜美術館、飯塚悟撮影

 文化の東西交流に、ファッションイラスト。異なる視点からファッションを見つめる展覧会が、横浜と都内で開かれている。

東西がとけあった「様式美」@横浜

 横浜美術館(横浜市西区)で開催中の「ファッションとアート 麗しき東西交流」は、開国後、日本と西洋が互いの文化を受け入れ、新しい美を見いだしていった過程をたどることができる。会場には19世紀後半から20世紀前半のドレスやアクセサリー、テーブルウェアや絵画など約200点が並ぶ。ドレスは京都服飾文化研究財団が所蔵するものが中心だ。

 明治維新のあと、女性のファッションの洋風化は皇族や華族から始まった。特に皇室の服飾は、日本のエレガンスを世界に発信する役割があったという。会場でひときわ目を引く「昭憲皇太后着用大礼服」(日本製、明治40年代)は、もえぎ色のベルベットに菊の花の刺繍(ししゅう)が施された3・3メートルのトレーン(引き裾)が、圧巻の美しさを放つ。

ジャンヌ・ランバンのコート=横浜市西区の横浜美術館、飯塚悟撮影

 19世紀後半には、西洋でジャポニズムの流行が巻き起こった。ドレスに菊の花など日本の図柄を取り入れるような表層的な模倣を経て、20世紀初めにはコルセットからの解放を目指し、着物のゆとりに目が向けられた。ジャンヌ・ランバンの着物風シルエットのイブニング・コートや、着物のような襟や打ち合わせのキャロ姉妹店のイブニング・ドレスのほか、帯風のベルトや抜き衣紋などからは、パリ・ファッションが日本の影響を強く受けたことがわかる。

キャロ姉妹店 イブニング・ドレス=横浜市西区の横浜美術館、飯塚悟撮影

 京都服飾文化研究財団の深井晃子名誉キュレーターは「フランスにはしっかりとした衣文化があったからこそ、日本の着物を受け入れたときに良い結果が出た。いろんなことがヒントになって新しいものが生まれる良い例です」と語る。

 6月25日まで。木曜日休館。問い合わせは横浜美術館(045・221・0300)。

性別を超えていく「個性美」@東京

長沢節展のファッションショー=東京都文京区の弥生美術館、品田裕美撮影

 弥生美術館(東京都文京区)では、日本のファッションイラストの草分けとして知られるイラストレーター、長沢節(1917~1999)の生誕100年にあわせた展覧会が開かれている。50~90年代の装いを墨と筆、鉛筆などで描いたスタイル画など約300点を紹介している。

 現在の福島県会津若松市の生まれ。54年に始めたスタイル画教室が前身の「セツ・モードセミナー」は、ファッションデザイナーの花井幸子や渡辺雪三郎らが輩出した。

 旧態依然の男の強さを否定し、弱いものこそが知的で洗練された存在であると考えていた。権威主義への反抗心から生まれたのが、67年にプロデュースした過激なファッションショー「モノ・セックス・モード・ショウ」だった。

 男性モデルも女性モデルもマイクロミニのスカートや男女の区別がない半裸のような衣装、足の甲やかかとが出た靴などを履く。弥生美術館の学芸員、内田静枝さんは「男か女かを最初に感じるのではなく、この人がすてきだという個性美に目を向けるための仕掛けとして、靴や衣装を作っている。長沢の考え方を象徴的に表したショーです」と話す。今回の展覧会では、当時の衣装を使って再現したファッションショーも行っている。

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 長沢は99年、スケッチ旅行中に自転車で転倒し亡くなった。その後、セツ・モードセミナーはおいが代表をつとめてきたが、今年4月に生誕100年の節目に合わせ、閉校した。

 展覧会は6月25日まで。月曜日休館。ファッションショー(5月20日と6月10日)はすでに満席で、録画による上映会を後日開く予定。問い合わせは同館(03・3812・0012)。(長谷川陽子)

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