東京の台所

<145>離婚して実家へ。納戸を台所に大改造!

  • 文・写真 大平一枝
  • 2017年5月31日

〈住人プロフィール〉
主婦・51歳
二世帯住宅戸建て・2LDK(母)+2DK・大田区
築年数33年・入居11年・夫(50歳・会社員)、長女(16歳)、実母(77歳)の4人暮らし

 33年前、建築家の父が建てた家は、ツタが絡まり、田園調布の住宅地にしっくりとなじんでいた。品のいい豪邸だなと思いながら、中に入る。「どうぞこちらへ」と通された部屋は、突き板の引き戸と壁に囲まれた狭めの洋室。どこにも台所らしき空間が見当たらない。

 「ここです」と言いながら住人は押し入れの一画とおぼしき小さな引き戸を開けた。すると、ひとり立てばいっぱいになる細長い台所がお目見えした。おお、とうなった。天井は激しい傾斜があり、戸を閉めると真っ暗になる。これはまさに、階段下の納戸である。

「11年前に離婚して、小1の娘を連れて実家に戻りました。しばらく母に炊事を甘えていましたが、お金をためて、2年後に納戸を台所に改装したのです」

 とすると、今の夫は?

「元同僚で、再婚同士です。彼と付き合いはじめてから、自分も小さくてもいいから、台所が欲しいなと思うようになりまして」

 というわけで時系列を整理する。11年前、芸術家の男性と離婚した。娘とともに、自分が生まれ育った実家へ戻った。設計した父は亡くなっており、母ひとりということもあって、孫娘の面倒をよく見てくれた。フルタイムで働く住人が台所に立つ時間は、母よりは少なかったが、それでも、2年も暮らすと、料理の好みや収納法、水の使い方など細かな違いが、たがいに気になってくる。

 そんなころ、勤め先で恋人ができた。大の子ども好きで、陽気な人だ。娘を釣りや公園につれていって一日遊び相手をいとわない。料理にこだわりはないが、彼女の作ったものをなんでも「おいしいおいしい」と言って食べる。

 3人で会うときは、夜は外食だったが、家で、母にも彼にも気兼ねがないよう、食事をしたいと思い始めた。

 そこで、シングルマザーをしながらコツコツためた100万円で、着物入れだった1階の納戸を台所に改装させてほしいと母に頼んだ。

「かまわないけれど、あんな陽の入らない狭いところにできるわけがないと、母に言われました。イケアのシステムキッチンを、大工さんに工事してもらい、完成したときは、閉所恐怖症の母は、私はここに1分もいられないわと驚いていましたね」

 少しでも明るく見えるよう、空色のタイルにした。わずかな隙間も見逃さず、バーを取り付けてもらい、あとは自分の日曜大工で収納を工夫している。

「器好きですが、買っても入れるところがないのであきらめています。でも狭いところは狭いなりに、知恵を絞って工夫するのは楽しい。必要なものに手が届くこのスペースも気に入っています」

 料理以上に、食べることが好きで、とくに南インドや東南アジアの料理をよく作って食べる。この日のランチは、ビーツのあえ物、ゴロゴロと大きめのピクルスが入ったポテトサラダなど、シンプルでありながら、一つ一つに小さな工夫が光る。高校2年の長女は、トマトベースのロールキャベツを3回おかわりしていた。作るのも食べるのも大好きな住人にとっていちばん大切なのは、台所は広さや設備ではなく、“自分にとっての使いやすさ”なのだろう。誰かがいいという価値観ではなく、自分のものさしで、本質を判断できる人なのだ。

 3年前、1階を増築した。正式に再婚したからだ。

 夫とは毎晩チューハイを楽しむ。ホッピーも彼に教えてもらった。週末は酒のつまみをいくつか作り、夕方から飲み始める。

「前の夫とばったり青山で会って、立ち話をしたら、一人の生活をすごく楽しんでいるようで、ほっとしました。作曲家でオンオフのない仕事なので、ずっと自分のために24時間を使えるのがうれしいんだなあと思いました。今の夫は会社員で、帰宅したら野球を見ながらビールを飲んでゴロゴロしながら、上機嫌になっている。『ちびまる子ちゃん』のお父さんのヒロシみたいだねって娘とよく笑っています」

 どっちがいい悪いもない。彼女には今の彼のようなタイプが良かった。それだけのことだ。

 料理好きだった母が来週、施設を退所する。認知症と診断され、医師からは医療付き施設を勧められたが、「昼間はケア施設に通いながら、朝晩できるところまでうちで介護をしようと決めました。食欲は旺盛でなんでも食べられる。食べられるうちが花ですし、食事は楽しみですから。今度は私が作る番です」と彼女は言った。

 2階の広い台所は、床暖房付き。設計をした亡き父の、母への愛情が透けて見える。そこはあくまで母の台所。彼女は、そこを借りて料理をするという意識に近い。

 コックピットのような下階の台所と往復しながら、来週から彼女は4人分の食事を作る。娘と夫という強力な応援団がいるのできっと大丈夫だ。彼女ならうまくやれる。

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◆「東京の台所」が厳選されてまとまった第2弾『男と女の台所』が、平凡社から出版されました。書き下ろしを含めた19の台所のお話はこちらから

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

写真

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば 辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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