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「ふまじめ」な哲学書。異例のベストセラー『ゲンロン0』

  • 文・松本秀昭
  • 2017年6月12日

撮影/猪俣博史

  • 『ゲンロン』(0号)東 浩紀著 株式会社ゲンロン刊 2484円(税込み)

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 2017年に刊行された哲学書が注目を集めています。國分功一郎さんの『中動態の世界』(医学書院)や千葉雅也さんの『勉強の哲学』(文藝春秋)などは各メディアでも話題となりました。哲学という分野は一般的な人文書に比べ非常に市場が限られています。当店では、哲学の新刊がひと月に何冊も売れるのは異例なことですが、4月の総合売り上げで10位に入った東浩紀さんの『ゲンロン0』は異例中の異例です。

 東さんは、大学在学中に『批評空間』という哲学・思想系の専門誌でデビュー、若くして批評家としての活動を開始しました。しかし、その当時すでに、日本の言論を牽引(けんいん)してきた批評の役割は衰退していて、もはや言論の中心を担うものではありませんでした。

「思想の読者は、
『まじめ』な人たちばかりになった」

 10年には、そのような日本の批評再生のため「合同会社コンテクチュアズ(現「ゲンロン」)」を自ら創設。「思想や批評、言論一般に関心をもっていない人々にこそ、手にとってほしい」雑誌として、『思想地図β』を刊行しました。15年、この『思想地図β』を継承し創刊されたものが、現在刊行中の『ゲンロン』です。

 『ゲンロン0』は、1~5号を経て、創刊準備号という位置づけになっています。ところが、『思想地図β』とは打って変わり、東さんは、「それほど広い読者に読んでほしいと思っていない」と語りだします。思想を求める批評の読者はもはやいない、思想の読者は、「アカデミズムに自閉」した「まじめ」な人たちばかりになってしまった、と東さんは嘆きます。そして、哲学や思想、批評というものは、本来、もっと自由で快楽に満ち、「ふまじめ」なものだったのではないのかと、疑問を投げかけます。こうした文脈で導入されるのが「観光(客)」という概念です。東さんは「哲学は観光に似るべきだ」と主張し、哲学や思想の「ふまじめ」化により「批評の復活」を試みているのです。

 『ゲンロン0』は従来の政治哲学の枠組みを刷新する意欲作です。本作は2部構成で、第1部は「観光客の哲学」です。第1部の最大の功績は、「リベラリズム」という普遍主義が行き詰まっている現状を分かりやすく解説し、その行き詰まりの原因となった近代政治思想の問題点をはっきりと指摘した点です。人文学の伝統では、「政治的」「公共的」「人間的」と見なされるものが「私的」や「経済」「労働」「消費」から厳密に区別されてきました。その上で、「経済の拡大」を「人間の消滅」と見なし、「グローバリズムの到来」を「人間でないものの到来」と見なしてきました。グローバリゼーションが進行した結果、普遍的なリベラリズムの理念は現代では没落してしまい、普遍的世界市民という理想への道が閉ざされてしまった、という現状が明らかにされます。

 しかし、「観光客」は、人文学の伝統が排除してきたものを引き受けている「ふまじめ」な存在です。「観光客の哲学」は、政治思想が外部に取り置いてきたものから、新しい公共性や政治性の可能性を探求します。そうすることで、グローバリゼーションの思考の枠組みの刷新を試み、従来とは別の形の世界市民への道を開く条件が示されます。「ふまじめ」を通じて「まじめ」なテーマに新しい息吹が吹き込まれるのです。

なにより、東さんがこんな熱い人だったのか、と感じていただきたい

 第2部でのテーマは「家族の哲学」ですが、「観光客」のアイデンティティーがテーマとなり、キーワードとして「家族」が取り上げられます。東さんは、『ゲンロン0』は、政治思想の書であると同時に文芸批評の書でもあると宣言しています。両者は切り離せない、というのが東さんの主張であり、ここではまさにドストエフスキー論をつうじて「テロの時代」が考察されています。

 『ゲンロン0』は日本のこれからの哲学、思想、批評において間違いなくエポックメイキングとなる作品です。東さんが『思想地図β』を創刊した当時の「多くの人に届いてほしい」という思いと、「日本の批評の復活」という二つの目的が『ゲンロン0』によって果たされつつあるように思います。ぜひ多くの方々に手にとって読んでいただきたいと思いますが、なにより、東さんがこんな熱い人だったのか、というのをまずは感じ取っていただきたいと思います。

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PROFILE

松本秀昭(まつもと・ひであき)

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湘南蔦屋書店・哲学コンシェルジュ。大学院の倫理学分野で政治哲学を研究していました。でも好物は技術哲学やメディア哲学。その他にも表象文化論、文化人類学、環境問題、農など関心はいろいろ、雑食しています。文脈を楽しめる棚作りを目指しています。
>>湘南T-SITE 湘南蔦屋書店ホームページはこちら

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