パリの外国ごはん

クルドサンドイッチの(私的)名店「Urfa Dürüm」

  • 文・写真 川村明子 イラスト 室田万央里
  • 2017年6月6日

 いまでこそ抵抗なく行くようになったものの、10年前は、今よりもずっと女性が少なくて、緊張感を持って歩いていたフォーブール・サン・ドニ通り。ここ数年で、周辺におしゃれなカフェやワインビストロ、食材店が続々オープンし、人の流れが随分と変わった。もともと移民の多いこの通りの中ほどにある、クルドサンドイッチの存在を知ったのは、5年ほど前。パリにグルメなストリートフードが出没し始めた頃で、コンセプトありきのお店はあったけれど、この店の地に足のついたおいしさは私の中でかなりのヒットだった。なんとその名店(私的)のサンドイッチを、万央里ちゃんはまだ食べたことがないと言う。それで一緒に行くことにした。

メニューは5種類+もうひとつ

 店頭ではいつも、発酵させた生地を小さく切り、伸ばしている。その作業台の奥に黒板がかけてあって、それがメニュー。メニューと言っても、主な具材が書いてあるのみ。ひき肉、仔羊肉、地鶏、仔羊のレバー、ベジタリアンの5種類。その下に、上の5種類といきなり値段の違うものがひとつあって、Lahmacun(2.50ユーロ)と、わからない言葉だったので聞いてみると、作業台からつながるカウンターに並べられていた、ひき肉を表面に散らして焼いた生地を指さし「これだよ」と言われた。シンプルなそれにもひかれたが、結局、迷った末にいつもと同じ、仔羊肉にした。万央里ちゃんは、ベジタリアンを。

  

 ここは注文してからお肉を炭火で焼くので、少し待つ。その間に一度お店の外に出て、空いた席を確保した。私が席に着くと、ちょっと中見てきていい?と万央里ちゃんがいそいそと店内へ戻っていった。少し前かがみな彼女の姿勢から、興味津々な様子がよく伝わってきた。なにやらおじさんと話している。そうだ! ヨーグルトドリンク頼むの忘れた!と思っていると、それを手にして戻ってきた。この店特製のヨーグルトドリンクは、塩味。牛乳を仕入れ、自分たちでヨーグルトにしているらしい。このしょっぱいヨーグルトが、仔羊肉にとても合う。初めての時は、不思議な味だなぁと思ったし、その後コーラと一緒に食べたりもしたのだけれど、このヨーグルトがいちばん口の中がさっぱりして、サンドイッチと相性がいい。中近東のお料理にヨーグルトソースをかけることがあるのを思えば、合うのも納得だ。

  

 万央里ちゃんと入れ替わるようにして、今度は私が店内へ。私たち以外にも注文を待つお客さんが何人もいて、焼き台にはお肉の串焼きが並び、ピタパンに具を乗せて用意している最中だったので、目の前で写真を撮らせてもらった。野菜はピンピンしていて、じっくり焼かれているお肉の匂いも食欲をそそる。次に来る時は、仔羊のレバーにしてみようかなぁと思っていたら、人懐っこそうな男性が「どこから来たの?」と英語で聞いてきた。「パリに住んでる」とフランス語で答えると、そうなんだ!と途端に笑顔になり「ここのは最高だよ!」と言いながら勝手知ったる様子で、ヨーグルトドリンクをよそった。どうも常連さんらしい。それにしても、縦に長いこのお店は、奥に窓がないのか暑い。夏日だったこの日は、数分いただけで鼻の頭に汗をかいた。

  

 お肉も焼きあがって、ロール状になったサンドイッチがいよいよテーブルに運ばれてきた。せっかく丸めてあるのに、中身見たいよね、と広げる私たち。すでに「ここで働きたい。働かせて欲しい」と言っていた万央里ちゃんは、「こうやって丸めてるのかぁ」と解体しながら、考え込んでいる。中身をひとつずつ食べて、味付けを解剖したい気もしたが、やっぱり丸めて一気に食べた方が良いだろう、と丸め直してかぶりついた。うーん、やっぱり、直球なおいしさ。余計な味付けはなくて、素材にパンチがある。食べながら“明日もまた食べたい”と思う、そういうおいしさ。ベジタリアンサンドの方も、食べ応えがあるらしかった。お肉がない方が、生地の味をより感じて、別のおいしさがきっとあるのだろうな。

  

 ほおばっている私たちのところへ、どうやら食べ終わったらしい先ほどの人懐っこい男性がやってきた。彼はお友達らしき男性と来ていて、2人ともベジタリアンサンドを頼んでいた。お肉は大好きなのだけど、ここにきたらベジタリアンオンリーなのだそうだ。それがいちばんおいしい、と。え?! そうなの?! 2人とも若くて、決してきゃしゃとかそういう体つきではなかったから、ベジタリアンがベスト発言には驚いた。笑顔で去っていった彼らは、お店の前に横付けしていた車に乗り込んだ。車でわざわざ毎度食べにきてるの? 郊外のナンバーだよ?!と、再度驚きながら、次回はベジタリアンサンドにしよう、と決めた。それと、あのひき肉を生地の上に広げた、ピザのようなやつも。

  

 恥ずかしながら、私は初めて「クルドサンドのお店」と聞いたときに、クルドって中東な気がするけどどこだろ? と何も知らなかった。それでその日、帰ってから調べた。クルドという国はないとわかった。料理を通して歴史を垣間見る。移民の多いこの街で暮らして、知らない世界をほんの少しずつ知っていく。

  

Urfa Dürüm
56,rue du Faubourg Saint-Denis 75010 Paris
01 48 24 12 84
12~24時(日12~22時) 無休

[PR]

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

PROFILE

川村明子(かわむら・あきこ) 食ジャーナリスト

写真

東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食にまつわる活動を開始。現在は執筆のほか、パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けている。著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)
日々の活動は、Instagram: @mlleakiko、朝ごはんブログ「mes petits-déjeuners」で随時更新中。

室田万央里(むろた・まおり) 料理人

写真

無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。
17歳でNYに移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て14年前に渡仏。
モード界で働いた後に“食べてもらう事の喜び”への興味が押さえきれずケータリング業に転身。
イベントでのケータリングの他、料理教室、出張料理等をパリで行う。
野菜中心の家庭料理に妄想気味のアジアンテイストが加わった料理を提供。理想の料理は母の握り飯。未だその味に到達できず。
Instagram @maorimurota

今、あなたにオススメ(PR)

Pickup!

Columns