鎌倉から、ものがたり。

冷たい肉そばと、新しい働き方。Hostel YUIGAHAMA + SOBA BAR(後編)

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2017年6月9日

 「鎌倉から、ものがたり。」の連載をはじめた2014年当時、意外なことに、鎌倉での宿泊の選択肢はそれほど多くなかった。しかし、Airbnb(エアービーアンドビー)の台頭や、2020年の東京五輪・パラリンピックを前にした民泊への注目とともに、ユニークな宿が、このエリアにも目立つようになった。

 もとより鎌倉は、古く味わいのある建物の宝庫。それらを上手に生かせば、世界に類のない空間が生まれる。由比ガ浜通りにある「Hostel YUIGAHAMA(ホステルユイガハマ)+ SOBA BAR」も、その機運の中で誕生した。背景には、宿泊スタイルの多様化とともに、若い世代を中心とした、仕事観の広がりもある。

 「まちなかの1軒がクリエーティブに変わることで、眠っていたまちが新しくなる。そんな面白さにひかれました」

 今年の春にホステルユイガハマの支配人に就任した渡部辰徳さん(36)は、そう語る。

 渡部さんは新卒でホテルニューオータニに就職。以来、葉山の「スケ―プス ザ スイート」、東京・丸の内の「東京ステーションホテル」と転職を重ねながら、ホテルマンとしての腕を磨いてきた。

 日本を代表するホテルチェーン。森戸海岸を目前に望む全4室のデザインホテル。そして、赤レンガの東京駅舎に位置する歴史的存在――それぞれに違った特徴を持つホテルで働きながら、次に渡部さんの思いが向かったのは、「もっと同年代が楽しめる形」だった。

「それが僕の場合は、ホステル、ゲストハウスだったんです。ラグジュアリーな空間でお客さまをお迎えすることもいいのですが、友人が遊びに来てくれたかのような感覚でお客様をお迎えできる形だったらもっといいな、といつも思っていましたので」

 ホステルユイガハマは宿泊施設以上に「プロジェクト」の側面が大きい。ここには、クリエーターたちが、みずからの創意をもって「場」を再生する、という面白さが詰まっていた。

 そんな空間に、「ここならでは」の個性を与えている存在の一つが、1階の「SOBA BARふくや」だ。同じ鎌倉の大町で山形の郷土料理と蕎麦(そば)の店「ふくや」を営む、山川正芳さん(40)の2号店となる。

 山形県出身の山川さんは、東京のデザイン事務所に勤めた後、鎌倉移住をきっかけに、フリーランスに転じた。あるとき、鎌倉のまちなかで店をやってみたいと思い立ち、知人の店の一画を間借りした。そこで故郷の名物、「つったい肉そば」を客にふるまったところ、大評判に。「つったい」は山形の方言で「冷たい」を表す。黒くて太い蕎麦は、一度食べたら忘れられない滋味にあふれる。

 以前の勤務先では店舗装飾も手掛けていたので、空間デザインには腕に覚えがある。大町の店も、ホステルユイガハマに出した2号店も、立体作品に取り組むように、空間を作り上げた。

 「デザインと蕎麦と、どっちを副業にしているの? とよく聞かれるのですが、どちらも本業です」

 その言葉通り、壁にメニューの札が規則正しく貼られている様子や、肴(さかな)を盛る器や取り皿には、温かくもキリッとした「用の美」が宿る。

 再び渡部さんがいう。

「リタイアしたら鎌倉や葉山に住みたい、という方は多いのですが、リタイア後なんていわず、そう思ったときに実行した方がいいと思います。僕は若いうちにこのエリアに住むことで、自分なりの暮らし方、働き方を見つけることができました。東京にいるだけだったら、この発見はなかったかな、と思います」

 山川さんの見立てはこうだ。

「鎌倉のコミュニティーは実は狭い。でも、外から来た人をほっといてくれる寛容さがあります。だから居心地がよくて、抜け出せなくなるんですね(笑)」 

 古いまちなみから新しい働き方を生み出す。そんな懐の深さが、鎌倉にはある。

(次回は6月23日に掲載する予定です)

>>写真特集はこちら

[PR]

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

写真

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

今、あなたにオススメ(PR)

Pickup!

Columns