東京の外国ごはん

荻窪17年め限定13席、至福のバクテー ~馬来風光美食(マレーシア料理)

  • 文・写真 宇佐美里圭
  • 2017年6月13日

 その薬膳の香りがするスープを口に入れた瞬間、大げさかもしれないが、「体中の細胞がおいしいと言っている!」と思った。舌や頭がおいしいと言っているのではない。もっとじんわりと深いところで、私の体がよろこんでいるのだ。なんなんだこれ、止まらない!

 スープの名は「肉骨茶(バクテー)」。中国系マレーシア料理の代表的なものの一つで、八角、シナモン、ナツメ、クローブなど20種類以上のスパイスが使われているという。そこに、とろとろになった豚肉のスペアリブ、味のよく染み込んだ湯葉、油揚げ、えのき、レタス、コリアンダーなどが入っている。

「よく日本人のお客さんに『クセになる味だね』と言われます。夏バテにも効くし、冬は身体が温まるし、一年中おすすめです。黒しょうゆ、ニンニク、唐辛子で作ったソースを混ぜてもおいしいですよ」

 そう教えてくれたのは、このお店、「馬来風光美食(マーライ・フウコウ・ビショク)」の店主、エレンさん(41)だ。荻窪駅から徒歩5分ほど、雑居ビルの地下1階で小さなお店をオープンして今年で17年めを迎える。今や地元の人のみならず、遠くからもわざわざこのお店を目指してくる人が後を絶たない。

 マレーシアはマレー系、中国系、インド系、その他少数民族からなる多民族国家。よって料理も“マレー料理”“中華料理”“インド料理”、中華系とマレー系の混ざった“ニョニャ料理”など、バラエティーに富んでいる。どの料理にも共通しているのは、スパイスをたくさん使うこと。

 エレンさんは首都クアラルンプールから200キロほど北にある都市、イポー(Ipoh)出身だ。華僑なので、作る料理は主に“中華系マレーシア料理”だが、「おいしいと思うものはマレー系でもインド系でも何でも作りますよ」と笑う。

メニューにない、とっておきの料理も

 メニューには載っていないが、とっておきの料理があるというのでいただくことにした。握りこぶしくらいの紙に包まれたものがお皿に乗って出てくる。じんわりと“汗をかいている”ようにしずくがついている包みを開けると、鼻孔をくすぐる香りが漂ってきた。中にあるのは、ソースで黒光りしたプリプリの鶏肉。

 「これは“ペーパーチキン”という料理で、マレーシアでは専門店がたくさんあります。鶏の胸肉をショウガ、しょうゆ、オイスターソースやいろいろなスパイスに漬けて味をよく染み込ませ、クッキングペーパーに包んで油で揚げています。胸肉なのにパサパサしてないでしょう? オーブンじゃこうはいきません。紙で包むと味が抜けず、ジューシーに仕上がるんです」

 たしかに肉はしっとりしているし、少し濃いめの味付けがたまらない。思わずビール!と頼みたくなってしまった。

 スパイスはマレーシアから持ってくるものもあれば、日本でエレンさんが調合して作るものもある。化学調味料は一切使わない。次々とおいしい料理を作り出すエレンさんの腕はお母さん仕込みで、料理を始めたのは12歳の頃だという。

「お母さんもレストランをやっていたんです。だから子どもの頃は両親とも仕事で忙しくて。兄と妹がいたので、自然と私が家で料理をするようになりました。日本の子どもはあまり料理しないですよね(笑)。でも、マレーシアではお母さんが忙しいと、子どもが料理をするのは当たり前なんです」

 夕方になるとお母さんからよく電話がかかってきた。「冷蔵庫にあれとあれとあれがあるから、こうやって作って」。味はわかっているから、それだけで十分。エレンさんは自分の舌とお母さんの伝言で、マレーシア料理を体得していったのだ。

「最初はちゃんとできているのか不安でしたが、親戚が家に来たときに料理を作ってあげたら、すごくおいしい!と褒められて。それから料理が大好きになりました」

 とはいえ、エレンさんにとって料理はあくまでも日常の一部。仕事にしようと思ったことはなく、最初に就いた仕事はマッサージ師兼エステティシャンだった。しかも従業員を抱えるお店のオーナーだったというからすごい。

「若いときからオフィスで働いたことないんです(笑)。ずっと自分で仕事をしてきました。最初は故郷のイポーでお店を開き、その後クアラルンプールに移って……。そこで、出会ったのが駐在員だった今の夫です」

 24歳で結婚。日本人の夫の転勤に伴い、一緒に日本にやってきた。最初の2年ほどは主婦として“観光気分”で暮らしていたという。そろそろ仕事を再開しようと思ったときは、マッサージやエステのお店を持つことを考えた。しかし、日本では競争が激しい。だったら……とマレーシア料理のレストランを開くことを思いついたのだ。マレーシア料理なら競争相手も少ないし、何より料理が大好きだ。

 2000年、エレンさん夫婦は当時住んでいた関西から東京に引っ越すと、すぐに今のお店のある場所を見つけ、マレーシア料理店をオープンした。

 駅から近いとはいえ、雑居ビルの地下1階。しかも認知度の低いマレーシア料理。看板を作ったとはいえ、最初はなかなかお客さんが来てくれなかった。なんとかしなくては、とホットペッパーや地域誌、地元のバスなどに広告を出したりもした。

 潮目が変わって来たのは、食ベログが出てきてから。ネット上の口コミで評判になり、お客さんが増え出した。テレビや雑誌に出ることも重なり、2015年には『マレーシアのおいしい家庭料理』というレシピ本まで出版することができた。

 取材中にも、ひっきりなしに予約の電話がかかってくる。13席という限られた至福の空間を、たくさんの人が狙っているのがわかる。今はお店も軌道にのり、忙しく充実した日々を送っているようだ。

夫は仕事でマレーシア、10年以上別々に

 しかしふと、「実は、これまでに10回以上はマレーシアに帰りたいと思ったことがあるんです」とエレンさんは打ち明けた。

「結婚して18年ですが、夫は仕事でマレーシアにいて、10年以上別々に暮らしているんです。夫の方がマレーシア人みたいなんですよ。一緒に行って欲しいと言われたんですが、自分のお店があるし、手放すのはもったいなくて……。理解はしてくれていますが、やっぱり今も一緒に住みたがっています。かわいそうですよね……実は夫が一番私の料理を食べてないんです(笑)」

 70歳を超える母親もマレーシアにいる。自分が体調を崩したとき、仕事が大変なとき、夫や年老いた親のことを考えたとき。「もうお店を閉じて帰ってしまおうか」という思いが何度も頭をかすめた。でも……。

「なぜかその度に、雑誌の取材がきたり、テレビから声がかかったり、新しい仕事の話がきたりするんです。この前も、疲れたから少しお休みしようかなと思ったら、新しいプロジェクトが立ち上がって。神様が『まだ帰っちゃダメ!』って言っているみたいです(笑)。きっと何か意味があるんでしょうね。だから、まだまだ頑張ります」

 クルクルと動きながら一人で店内を仕切るエレンさんは、パワフルで明るく、まるで“マレーシアの太陽”を背負っているかのよう。そんな彼女を見ているだけで、こちらまで元気になる。

「結局、料理がおいしいだけじゃ足りないんですよね。人は愛情を感じられないとダメなんです。どんなに一生懸命作っても、笑顔がなければ料理が台無し。おいしい料理を食べてハッピーになってもらうのが私の仕事です。お客さんがハッピーになれば、私もハッピー。お互い様。それが一番大事だと思うんです」

 お店を出ると、心身ともにすっかりエネルギーチャージされていることに気づいた。こういうお店が、本来の意味の“レストラン(回復する場所)”なのだろう。でも……あふれる笑顔でみんなを元気にするエレンさん自身は、ちゃんとどこかでチャージできているかしら。ふと心配になったりして。今度はたくさん友達を連れて行こう。

■馬来風光美食(マライフウコウビショク)
東京都杉並区天沼2丁目3-7 SAKAIビルディング B1F
03-5938-8633
http://malayhu-ko.com/

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PROFILE

宇佐美里圭(うさみ・りか)編集者、ライター

宇佐美里圭

1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

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