あなたの家にもある? 『捨てられないTシャツ』
- 文・間室道子
- 2017年6月19日
誰の家にも一枚はある、本書のタイトルどおりのもの……。というわけで今回オススメするのは“最もアンダーなところから最も純粋なものが生まれてくるのはナゼ?!”をテーマにライター、写真家、編集者として活動を続ける都築響一さん編の『捨てられないTシャツ』。70枚のTシャツと、持ち主たちの70のエピソード。神奈川出身で、バーを経営している42歳の女性の話を紹介しよう。
中2で夜遊びを覚えた彼女は高校生の時、クラッシュ、シャム69、ラモーンズの連続ライブに行くことに。場所は川崎のクラブチッタ。ラモーンズの日は彼女の誕生日だった。先輩パンクスからプレゼントにと整理番号1番をもらい、最前列の真ん中に陣取ることができてライブがスタート。大はしゃぎでダイブを連発した彼女は4曲目あたりで鋲(びょう)付きのライダースジャケットを着たお兄さんに上から激突。ふとステージのジョーイ・ラモーンと目が合うと、彼は真っ青になり、エマージェンシー!と叫び出した。自分のアゴに手をやると相当な流血。手を伸ばしてきたジョーイに引っ張り上げられ、ステージ袖から救急車で病院へ。5針縫ったが、彼女は病院に同行し帰宅をうながす会場スタッフを拝み倒してライブに戻り、最前列まで猛ダッシュ。ジョーイが彼女を見つけ、大笑いしてくれた。その後、彼と彼女のTシャツをめぐる奇跡が起きる。
もう着なくても、捨てられない!
このヴォルテージに負けず劣らずのエピソードもあれば「後輩にもらった石垣島の有名そば屋のTシャツ。1000円という値段から予想されるとおりの品質、デザイン、クオリティー。実はいちども着たことがない」という話もある。華々しい記憶より「ブランド店に着て行ったら店員に、“このシャツを着ている人がうちの商品を買うんですか”的なことを非難モードで言われた」とか「ロードレースの完走Tシャツって、もらってもトホホなものが多いですよね」というアンダーで微妙な話が多い。でも、全員が、捨てられないのだ。
しょうゆをこぼした跡があっても、嫌~な同僚と趣味がカブったことを知っても、旦那がロック系Tシャツを嫌っていても、何百回と洗濯を繰り返しても、もう着なくても、捨てられない!
おそらく登場する人々にとって、そのTシャツを捨てろ、と言われることは「今までの生き方を捨てろ」と言われるのに等しいのだ。冒頭に「誰の家にもある」と書いたが、実は私には捨てられないTシャツが一枚もない。「潔い」のかもしれないが、本書のよれよれの、しみのついた、黄ばんだ1枚のどれにも、猛烈な嫉妬を覚えてしまう。

PROFILE
- 間室道子(まむろ・みちこ)
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代官山 蔦屋書店の文学コンシェルジュ。雑誌などで書評連載を多数持ち、年間700冊以上読むという「本読みのプロ」。お店では、間室手書きPOPが並ぶ「間室コーナー」が人気を呼ぶ。