MUSIC TALK

デビューしていきなり打ち立てた「金字塔」 中村一義(前編)

  • 2017年6月23日

撮影/山田秀隆

 自宅の「スタジオ」で一人きり、音を鳴らし、歌い、すべての退路を断って生み出したそのデビュー作は、音楽業界、そしてリスナーにセンセーショナルな驚きをもって受け止められた。それから20年。唯一無二の世界観を常に放ち続ける中村一義さん。少年時代からの自らのルーツをたどる。(文・中津海麻子)

    ◇

ガソリンスタンドでレコードを聴いた幼少時代

――幼いころ、どんな音楽を聴いていましたか?

 うちの父は4人兄弟の末っ子で、父の兄たち、つまり僕のおじさんたちがガソリンスタンドをやっていました。おじさんたちは音楽が好きで、お客さんがLPを持ってきてかけたりと、そのスタンドが音楽のたまり場みたいになっていて。洋楽のロックなんかが流れていて、自然と耳に入ってきました。5歳か6歳のころには、大人たちに隠れてビートルズを聴き始めた。レコードに傷がつかないよう、そーっと(笑)。

 また、近所に住んでいた祖父がクラシック音楽好きで、特にベートーベンをこよなく愛していました。覚えて口ずさんだりすると「お前もベートーベンが好きか」と、すごくかわいがってくれたのがうれしかった。

 日本の歌謡曲も聞きました。僕はジュリー(沢田研二さん)になりたかったんです。だって、あんなにパラシュートが似合う人っていない!(笑)。のちにあれがグラムロックだと気付くんですが。自分で初めて買ったのは、斉藤由貴さんのCD。ルックスだけでなく歌も好きでした。松本隆さんが詞を書いたり、武部聡志さんがアレンジを手がけたり、今考えれば「ああ、だからか」と思いますね。

――自分で音楽を始めたのは?

 音楽も好きだったんですが、自分の中の世界観みたいなものを何かに投影したいという気持ちがあって、その手段として小学校のころから絵を描いていました。最初はマンガ、そのあとは油絵。高学年になると親が別れる別れないで環境がどんどんすさんでいき、だからなおさら「表現したい」という思いが強くなったのかもしれません。そのころ、ブルーハーツをよく聴いていました。親が不仲なことで家にも学校にも居場所がなくて、投げやりになっていたとき、ブルーハーツの音楽に救われた。結局、卒業を前に両親は離婚。僕は祖父母に引き取られました。

 絵は中2の途中ぐらいまで描いていたんですが、どうしても模倣の域を出ない。シャガールやピカソのモノマネしててもしょうがないなと思っていたある日、絵を描きながらラジオを聴いていたら、イギリスのバンド、ラーズの「ゼア・シー・ゴーズ」が流れてきた。

 「いい曲だなぁ」と感激してたら、あっという間に終わっちゃった。3分もない短い曲なのに、天にも昇るような気分にさせてくれた。もう絵なんて描いてる場合じゃない、音楽やるしかない! と決めました。

 祖父母の家は2階建ての木造アパートみたいな作りで、人に貸せるように一部屋一部屋が独立していました。僕はその2階部分をあてがわれたんですが、以前おじさんたちが住んでいたから、部屋に楽器が転がっていて。ギターとか、キックとスネアだけの中途半端なドラムとか(笑)。祖母に借金してオールイン・シンセも買い込み、部屋をスタジオみたいにして音を取り始めたんです。すぐにオリジナルも作るようになりました。

――どんな楽曲を?

 最初はラーズに影響されて歌モノをやったんですが、イギリスの音楽シーンの流れもあり、どんどんテクノにシフトしていきました。そのころ電気グルーヴが登場して、のめり込むほどファンになった。前身のバンド「人生」から好きで、「人生」が所属していたインディーズレーベル「ナゴムレコード」からデビューしたいと本気で思っていたほど。

 余談ですが、プロになってから石野卓球さんにリミックスしてもらったことがあって。お礼の手紙に返事をくれて、最後に「ナゴムレコード 石野卓球」と書いてあった。もう「うわーっ!」ですよ(笑)。僕がナゴムに憧れてたことを知っていてくださった。あのときほどプロになってよかったと思ったことはありませんでしたね。

2年音楽をやってみて、「ダメだったら死ぬ」

――楽曲を発表する場はあったのですか?

 オリジナル曲のデモテープをレコード会社に送ったり、あとはリミックスのコンテストに応募したりしていました。コンテストではいいところまで行き、賞品で商品券をもらってそれでまた楽器を買って。賞金稼ぎですね(笑)。ところがプロへの道は厳しく、送っても送ってもよい連絡はなかった。そうこうしているうちに、進路も決まらず高校を卒業しちゃったんです。祖母に「短大に行かせるつもりで2年くれ。それでダメだったら死ぬ」と頼み込むと、「わかった」と。わかるんかい!って思いましたけどね(笑)。退路を断ち、死ぬ気で2年間、音楽をやろうと決めました。

 高校時代はダンスをやっているヤツらと映像を撮って、それに僕が音楽を乗せたりと、ユニットみたいにやっていたんです。そのメンバーでデビューできたらいいなと思っていたのですが、友達が就職先で体を痛め、ソロで行くしかなくなった。それまではテクノが中心だったんですが、ソロでやるならばもっと自分自身を照らし出すルーツ的な音楽をやるべきだ、と。そして、どんどん生楽器にシフトしていった。またもや祖母に借金し、ビートルズが使っていたのと同じ楽器をすべてそろえ、一人でドラムたたいてギター弾いてベース弾いて、歌も歌って。部屋にこもり、演奏しては宅録して、を繰り返していました。

 1年半が過ぎ、レコード会社にデモテープを送りました。でもダメだった。約束の2年まで半年もない。「死ぬんだ、オレ」って。ただ、レコード会社からの不合格通知に「歌詞を日本語で書いてみたら? 音楽はいいんだから」というような追記があったんです。困惑しつつも日本語で書くしかないなと思っていたとき、「どぅ?」というフレーズとサウンドが一緒に思い浮かんだ。これは強いな、と思って書き進めて。初めてだったから韻を踏むとかもわからなかったけど、できあがってみたらそうなってた。それがデビュー曲の「犬と猫」です。

 本当に時間がないので、1週間ぐらいでレコーディングまでして、デモテープを送りました。そしたら「来てみないか」と。そこから事務所との出会いもあり、トントン拍子でデビューが決まった。2年ギリギリ。なんとか死なずにすみました(笑)。

――特に初期の楽曲で中村さんが紡ぐ詞は、言葉選びやリズム、映し出す世界観が独特で、文学的とすら感じます。源泉はどこにあったのですか?

 価値観的なものは祖父から受け継いだかもしれません。祖父の家には本の部屋があり、ニーチェなどを「読んでおけ」と言われていました。祖父とはよく話もしました。国家や宗教、戦争の話、今の社会情勢がどういう流れでこうなったのか――。教員免許を持っているようなじいちゃんだったんで、話がうまく、吸い込まれるように聞いていました。言葉選びや言葉の使い方については、マンガです。マンガのセリフって口語体で書かれてますよね。話し言葉の中には文字になっていない意味がある。それがおもしろくて。

デビュー作の1枚で終えようと思った

――1997年にメジャーデビュー。ファーストアルバム「金字塔」は、デビュー作にしてセルフプロデュースで作られた作品として大きな話題となりました。

 実際のレコーディングは、高野寛さんをはじめサポートメンバーが演奏してくれました。ただ、僕があまりにもかっちりしたデモテープを作っていたので、それをもう1回録音し直しただけになってしまった。申し訳ないなという思いはありながらも、パズルのピースを組み合わせるように作ったアレンジだったので、そのままやらないとピースがはまらなくなっちゃうから。とはいえ、僕自身すべてわかって作っているわけじゃなかったのでかなり無茶な作り方をしていて、ギターの部分も普通のギタリストじゃ絶対弾けない。それを高野さんはすっごい練習して、デモテープ通りに弾いてくれた。ホント、むちゃくちゃいい人なんです(笑)。

――「金字塔」というタイトルに込めた思いは?

 一応僕にとっての「金字塔」が作れたかな、と。正直、1枚で終えようと思っていたんです。1枚出したら、セックス・ピストルズのようにやめてやるつもりでした。

――でも、やめなかった。

 大人の事情があって(笑)。でも、そこからは本当にきつかった。「金字塔」は僕が生きてきた21年間の集大成みたいな感じだったので、その1年後にセカンドを出そうと言われても……。ゼロから何をやったらいいのかわからなかったし、そもそも作り方がわからなかった。じゃあ、もう21年間分は出し切ってしまったから、そのあとの1年を描こう。60年代に結成されたイギリスのバンド、ゾンビーズのボーカルのコリン・ブランストーンの「一年間」というアルバムみたいな、21歳から22歳の僕の日常生活をテーマに作っていこう、と。そして、セカンドアルバム「太陽」が生まれたのです。

(後編へ続く)

    ◇

中村一義(なかむら・かずよし)

1975年生まれ、東京都江戸川区出身。97年、シングル「犬と猫 / ここにいる」でデビュー。セルフプロデュース、そしてすべての楽器をほぼ一人で録音したデビューアルバム「金字塔」は、独特な日本語詞と卓越したポップセンスによって、日本のロックシーンにインパクトを与えた。2004年、バンド「100s」を結成。バンドとしての活動を経て、2012年は約10年ぶりにソロ名義で再始動、アルバム「対音楽」を発表。16年、6枚目のアルバム「海賊盤」をリリース。17年、デビュー20周年を迎え、5月にセルフカバーベスト「最高築」をリリースした。

中村一義 オフィシャルサイト:http://www.kikagaku.com/

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