Woman’s Talk

選択肢の中で、一番面白いと思えることをやってみる 小島慶子さん(タレント、エッセイスト)

  • 2017年7月27日

  

移住して良かったのは親の素顔を見せられたこと

 3年前、オーストラリアのパースに一家で移住した、小島慶子さん。パースは小島さんが生まれ3歳までを過ごした街。現在は約3週間、日本に滞在して仕事をし、約3週間はパースで過ごすという日々を送る。「飛行機はしっかり、エコノミーの早割を利用しています(笑)」

 海外の暮らしを始めるきっかけは、夫の退職。

 「『会社をやめようと思って』と、突然、言われてまさに青天の霹靂(へきれき)でした。すでに私はTBSを退社していましたし、フリーといういわば浮草稼業の身。そこに肩書も収入もなくなる男性を受け入れる不安は、相当なものでした」

 しかし毎日「膝詰(ひざづ)めの話し合いを重ねて」、一家の大黒柱となる決意をする。

 「当然ケンカにもなって。でもあんなことでもなければ、夫婦として真剣に向き合う機会はなかったかもしれない。よかったと思えます」

 ふたりの息子の、これからの教育を考えたとき、英語の習得が必須条件としてあった。

 「海外暮らしなど、考えてもみなかった」というが、ふと、自分が生まれ育ったパースに思いあたった。「実現の可能性が半分以上あるのなら、実現することに賭けてみよう」と、小島さんは前向きに舵を切る。「さっそく夫も、学校をいろいろ調べ始めてくれて」

 現在は平屋の、庭の広い借家にのびのびと暮らす。長男は中3になり、次男は小6。共に公立の小、中学校に通い、今では英語も堪能に。「夫が主夫としてすべてをやってくれています。母のいない時間に父親がいてくれる安心感が、子供たちにあるのはうれしいですね」

 帰国中は「朝晩ネットをつないで、必ず、息子たちと画面を見て会話をするようにしている」という。

 「越してよかったいちばんは、親の素顔を見せられたこと。東京では芸能人の子供、どこか特別だと思う環境にありましたが、パースに行ったら親は完全にマイノリティ。英語はまったく下手。まずい、うちの親って丸腰じゃん、自分たちがしっかりせねば!という自覚を持たざるをえなくなったことですね 」

 一昨年からはお小遣いも廃止。「皿洗いをしたら月50ドルなどと決めて。働けばお金がもらえると身を以て知ると、お金の使い方も変わるし自分で家の中の仕事を見つけるようになる」

 この子育ての背景には、退社後に社会にもまれ、「自分の足で立って生きること、稼ぐことの厳しさを切実に知った」経験がある。

 「卒業したら、一刻も早く自立して欲しい。語学と数学、基礎的な教養と手に職。多様性に適応する力。それで、世界のどこかで生き延びてくれればと願っています」

誰もが自分の思いや経験を伝えていくことが大切

 一家言あることでも知られる小島さん。ユーモアを含みながらの矛先の鋭い発言や、エッセイが、多くの女性たちの支持を得てきた。多々ぶつかる問題を、正面から受け止めている、その真っすぐさが小島さんの魅力。

 「意見を言えずに苦しい思いをしたり、同調を強いられる世の中は生きづらいですよね。対話を大事にする世の中であって欲しい。私のような職業でなくても、誰もが自分のちょっとした思いや経験を語りやすい空気を作りたいです」

 将来について尋ねると笑顔でこう言う。

 「まだ数年は住むつもりです。今、目の前にある選択肢の中で、いちばん面白いと思えることをやってみる。5年後、10年後、私たちをどこに連れていくかはわかりませんけれど、いつも“今”という時間を楽しんで生きよう、そう思っています」

(撮影:前康輔/ヘア・メイク:中台朱美(IIZUMI OFFICE)/文:水田静子)

    ◇

こじま・けいこ

1972年、オーストラリア生まれ。1995年、TBS入社。アナウンサーとして活躍後、2010年6月に退社。以降、タレント、エッセイストとして活躍する。2014年、オーストラリア・パースに移住し、仕事で日本と行き来する生活をしている。執筆業に加え、メディア出演や講演も。著書に『るるらいらい〜日豪往復出稼ぎ日記』(講談社)、小説『ホライズン』(文藝春秋)ほか多数。

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■この記事は、2017年7月13日付朝日新聞朝刊「ボンマルシェ」特集のコーナーの転載です。

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