鎌倉から、ものがたり。

三崎マグロと三浦の野菜を結ぶ、鎌倉ローカル サスケストア(後編)

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2017年8月4日

>>サスケストア(前編)からつづく

 朝6時。三浦市の三崎港にある「三崎水産物地方卸売市場」でセリを終えた人たちが、同じ建物の2階にある「三崎食堂」に集まってくる。「本日の刺し身4点盛定食」「三崎恵み丼定食」「三崎鮪三昧定食」……。漁港ならではの新鮮な魚が使われるメニューは、市場関係者だけでなく、小学校の食育教育や観光客にも大人気だ。

 2009年、鎌倉・佐助に、三浦半島産の野菜を売る「サスケストア」を出店してからも、経営者の井上靖彦さん(52)は、三浦一帯の食材の豊かさには驚く一方だった。特筆すべきは海の幸だ。

 「定置網の漁師さんにお願いして船に乗せてもらったとき、カルチャーショックを受けました。ぴちぴちのイシダイが、山のように揚がるのです」

 都心では出会えない魚の新鮮なおいしさ。野菜の次はこれだと、サスケストアの第2章が決まった。

 「ジェノバ、フィレンツェ、ローマ……アパレル会社勤務時代に出張で行ったイタリアのまちには、必ずおいしい魚を食べさせてくれる店がありました。イタリアに限らず、市場の中の食堂というものは、どこもたたずまいがよくて、うまい。そういう場所を三崎でも目指したかったのです」

 三崎水産物地方卸売市場では、飲食店が撤退した後が空いていた。井上さんは行動力を発揮して、出店者の公募に参加。2011年に三崎食堂をオープンした。このとき、立地は三崎でも、まぐろ一辺倒ではなく、三浦の海の幸全般を使った「定食屋」の形にこだわった。

 「まず、市場で働く人が朝ご飯、昼ご飯を食べられる店にしたかった」からだ。

 もちろん、それ以外の人たちも幅広く受け入れる。そのために、営業時間は朝6時から午後5時まで、土日は午後8時までにした。市場内の食堂は、昼過ぎに閉まることが通常だが、営業時間を延ばしたおかげで、いろいろな層のお客さんと交流できる。

佐助名物「三崎まぐろの串揚げ」

 おいしい料理。そのもととなる食材。料理と食材を作り出す人たち――3点を結ぶ井上さんの思いは、鎌倉のサスケストアの店頭にも存分に現れている。

 「あら、これ、見慣れない野菜ね。カボチャかしら?」

 「カボチャです。コリンキーという種類で、そのままスライスしてサラダにしてもおいしいんですよ」

 お客さんの問いかけに、スタッフの女性が、コリンキーのスライスが乗った小皿を差し出す。だいだい色がみずみずしい。ほかにも、珍しい野菜、見慣れない野菜は、スタッフがその場でさっと切って、オリーブオイル、塩とともにすすめてくれる。

 そこから、お客さん同士で「こう食べるとおいしいのよ」「あら、やってみるわ」といった会話もはじまる。

 「ストアでは、おじさん(=井上さんのこと)も、おばさんも、お姉さんも、お客さまによくお声がけをします。語って、買っていただく――それが、うちの方針。店頭で交流することで、地場の豊かさをお伝えしたいんです」

 野菜と並んで人気を集めているのは、完全自家製のデリカテッセンだ。店頭の野菜を材料に、併設のキッチンでスタッフの女性たちが、総菜や季節ごとの野菜のスムージー、オリジナルのジンジャーエールを何種類も作る。キッチンで大活躍中の田畑菜穂実さんの手から、次から次へと総菜ができあがり、ショーケースに並んでいく様子は魔法を見ているようだ。

 「この野菜は、どうやって食べるとおいしいかな、と、とんがり過ぎずに、食卓のプラスアルファになることを考えています」

 やさしい笑顔を見せてくれる田畑さんも、三浦在住。何よりも、大地の恵みを体現したかのような、その名前に驚く。

 デリカテッセンで“シグネチャーメニュー”として評判なのが、曜日限定の「三崎まぐろの串揚げ」と「コロッケ」だ。店頭でひとつを求め、揚げたての熱々を、外の椅子に座って、はふはふとほおばると、何ともいえない幸福感に包まれる。

 井上さんがいう。

 「鎌倉、三浦に限らず、日本の地方は、すばらしい食材の宝庫なのですが、駅前が画一化されてしまって、土地の豊かさがわからなくなっています。ローカルで食のおいしさをもう一度、と願う僕にとって、生産者の方々とともに、創意にあふれ、多様性に富む女性の力は欠かせないものですね」

 井上さんが意図する「豊かなローカルストア」は、足元の暮らしと、それをまかなう自然風土、そして女性の力とも、深く結び付いているのだ。

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

写真

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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