#明日何着よう

荷物増えた、楽しみも増えた

  • 文・朝吹真理子
  • 2017年8月4日

犬山城のTシャツ

 先日、愛知県にある国宝犬山城をみた。落雷によって、お城のしゃちほこが欠けてしまう前のことだった。母方の法事のために犬山に来ていた。東海地方の夏は暑いと聞いていたが、その日はことさら暑く、お坊さんも汗が止まらない様子だった。その日私が着ていたのは、白と黒のバイカラーのジャンプスーツで、細身のラインがきれいで気に入っている一着だった。ポリエステル製だから、旅行鞄(かばん)に入れても、しわが寄らない。しかし、吸水性のない素材だったために衣類が汗を吸わないのが難点だった。

 法事の帰りに、祖母が好きだった犬山城の天守閣に登った。木製の手すりにつかまり急勾配の階段を上る。天守閣で木曽川をながめるころは、ジャンプスーツのなかに汗がだらだら流れつづけていた。暑いけれど、汗で濡(ぬ)れたキャミソールは冷たい。濡れたキャミソールが体にまとわりつき、暑くも寒くもあるという矛盾に体が困惑していた。たまらなくなって、土産物屋で、犬山の文字がローマ字でプリントされたTシャツを買って着替えた。上下繋(つな)がっているジャンプスーツだったので、Tシャツを外に着ることができず、INUYAMAの文字が下から透けてみえていた。

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 汗冷えに悩むのは東京に戻ってきてからも同じだった。古式ゆかしいお化け屋敷では、濡れ布巾やこんにゃくを吊(つる)して、歩いている人の身体に、ぺたり、とくっつけることで、触覚の不気味さを与えるけれど、汗冷えは、お化け屋敷で体験する一瞬の不気味さに、肌全体を覆われてしまったような不快さがある。

 汗冷え対策をいろいろ検討した結果、もっともシンプルで身体に負担がないのは、着替えを持ち歩くことだった。愚直だけれど、これが一番だと思う。着替えを持ち歩くようになったことで、荷物は増えたけれど、楽しみも増えた。ふらっと銭湯に寄る機会ができたのだった。着替えを持ち歩いているといいこともある。(作家)

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PROFILE

朝吹真理子(あさぶき・まりこ)

1984年、東京生まれ。 2009年、「流跡」でデビュー。2010年、同作でドゥマゴ文学賞を最年少受賞。2011年、「きことわ」で芥川賞 を受賞した。

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