芸術がやってきた!

芸術家と一緒に、自宅をつくった話 【後編】

  • 文 木原進、写真 中川周
  • 2017年10月12日

キッチンから居間を見る。民芸玩具は息子さんのお店で購入したもの

前編はこちら

 さて、臼田さんたちは、まずは家を建てる土地を探しはじめたのですが、それには高いハードルが待っていました。退職金だけでは足りなかったので、お金を借りようと銀行を訪れたのですが、貸してくれない。定年を過ぎた独り者は、よほどお金があれば別ですが、年金暮らしではアパートを借りることも難しい。そこで息子がお金を借りようと考えましたが、こんどは自営業だからという理由で大手銀行からは門前払い。地方銀行がやっと話を聞いてくれてなんとか工面したのでした。

 依頼にあたり、臼田さんたちが希望したことはそれほど多くはなく、「水場を南にしてほしい」「トイレはひとつ」「将来鳥を飼いたい」などがありましたが、基本的に「なにも言わなかった」と彼らは言います。借金までして建てる家、人生最大の買い物であるにもかかわらず、です。それはなぜなのか。彼らと話していてわかるのは、それまで鑑賞していた多くの作品から得ていた「よいものができる」という確信と、芸術文化に対して誠実な考えをもつ芸術家への尊敬でした。

 とはいえ当たり前ですが、図面と模型を使って何度も詳細な打ち合わせがもたれ、進められました。たとえば、設計段階のやり取りのなかで、玄関をふたつつくることになったのですが、導線が複数確保されたにもかかわらず、建築の空間は分断されず、一筆描きのドローイングのように途切れることなくつながっている。異なる場所にある各玄関の天井は同じ高さに設定されています。

左側と奥に見える、ふたつの玄関。天井の高さが揃えられており、2階の天井まで吹き抜けになった階段部分が、それぞれの玄関をつないでいる

 2階の天井まで吹き抜けになった階段部分が、ふたつの玄関をつなぎ、同時に2階にある居間兼応接室とキッチンの空間とも結びます。低めに抑えられた玄関の天井の下で屈んで靴を脱ぎ、階段へ向かう際に効果を発揮するのがお風呂場とお手洗いが格納された部屋の曲面です。この何気ないカーブが、今いる自分の場所と別の場所がつながっていると来訪者に感じさせ、もう一方の玄関と階段へと誘います。そうして階段のある空間へ足を踏み入れた途端、2階の天井まで視線が上昇し、身体の感覚を一気に押し上げられます。

 ぎゅっと引き締まった小さな家の中に、このような開放的な感覚を内包させながら、異なる機能をもつ空間同士を見事に連続させています。言葉で書くと簡単ですが、生活の細かな要望、沢山の機能を折り込み、かつ建築をひとつのまとまりあるかたちとして成り立たせることは大変難しいことなのです。

 作業の過程をみていて、前提となる諸条件を洗い出し、問題をどのように挙げ、これしかないと納得させる答えを出すかということが、設計やデザインの基本なのだと思いました。

 設計が進み、自宅のかたちが見えてくると、この家で将来、芸術家や文化を愛する人たちが集うサロンのようなお店をしたいとお母さんが言いはじめました。楽しそうでやる気が出てくるのだと。その時に香太さんから送られてきたメールには「芸術というのは、こういう生命の熱量を喚起するんだろうな」とありました。

 さて芸術の家に住みはじめて今年で6年目ですが、はじめて訪れる人たちはみなさん驚き、決まって褒めてくれるそうです。友人知人はもとより、荷物を届けに来た宅配の人やクリーニング屋さんも長居をしてしまう。そしてお母さん本人も、よい建築、よいものが暮らしの中に入ったことで生活の仕方に変化があったようです。

 わかりやすいところでは、お掃除をかなり入念にするようになったとのことでした。たとえば、いまとても気に入っているというタイル貼りのお風呂場は、昔住んでいた家ではしていなかったけれども、入浴の後にかならずタオルを使って壁も床もすべて拭いているそうです。お母さんの生活ぶりと芸術家のつくった家を見てきた香太さんは、「掃除をして綺麗にすることと新品の清潔さは別のものだ、買ったばかりの状態が一番いいと考えるから、汚れたらすぐに捨ててしまったり壊してしまう、それはおかしいのではないか」と話していました。

カーテンを閉めて電気をつけた雰囲気がお母さんのお気に入り。エアコンは木製の箱で隠す工夫をしている

 生活していくなかで必要としたものもありました。居間のエアコンです。けれども、みずみずしい朱色の壁紙が上手に使われた居間の壁に無粋なエアコンが露出することは、臼田親子にとってもってのほかでした。作品と生活がけんかをしないようにするにはどうすればいいか。臼田さんは、エアコンを壁に埋め込んで隠すのではなくて敢えて見えるようにして、家のデザインのリズムに合わせるようにしました。大工さんに専用のボックスをこしらえてもらい、業務用エアコンの空調機能を最大限に生かしました。結果として、エアコンの存在が棚やスピーカーなど調度品と部屋とのつなぎ役となり、違和感なく、家と調和させることに成功しました。

 彼らが行う生活と作品とのすり合わせ作業、建築への気遣いから、作品と作家への敬意がよく伝わります。

 豊かな暮らしとは何か。これは昔からある素朴な問いです。衣食住のあり方と、「わからないけれど、いいなあと思う」芸術とを結びつけること、生活に芸術をすべり込ませることは、日々の暮らしを豊かにするためのひとつの手段になるのではないでしょうか。

>>つづきはこちら

前編はこちら

[PR]

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

PROFILE

木原進(きはら・すすむ)芸術・プロジェクトマネジメント

木原進

1975年東京生まれ。芸術/設計・研究拠点 urizen / Post Studiumを運営。多摩美術大学芸術学科卒。先鋭的な芸術活動を行う造形作家のプロジェクトマネージャー。芸術の学校である四谷アート・ステュディウムの設立運営にも関わった。主な展覧会プロデュースに、「囚人口 Chop Chop Logic」(HAGISO、2013)、「GREEGREE展」(アトリエタイク、2010)、「Expanded Field/拡張されたフィールド——流出と制御」(四谷アート・ステュディウム、2004)、「作品ホームステイ」(灰塚アースワークプロジェクト、1998)など。評論エッセイに、「シジフォスの石 完成させない建築《サグラダ・ファミリア》」(「+journal #004 Sa+」2016)など。
urizen:http://urizen.tokyo/
Post Studium:http://poststudium.net/

中川周(なかがわ・しゅう) 写真家/映像作家

写真

1980年高知生まれ。大学卒業後、ドイツ・ミュンスターに留学、帰国後にフォトプロダクション勤務。芸術教育機関の四谷アート・ステュディウムを修了。現在、写真家/映像作家として活動するかたわら美術展や建築の写真を中心に、さまざまな分野の撮影を手がける。主な展覧会に「引込線」(旧所沢市立第2学校給食センター、2017)、「無条件修復展」(第一期に参加。milkyeast、2015)など。

今、あなたにオススメ(PR)

Pickup!