ものはうたう

師匠から預かったジッポーと『男の作法』 森岡督行さん

  • 文・写真 小澤典代
  • 2017年9月8日

ジッポーのライターと池波正太郎『男の作法』

 もののある暮らし、ものと生きていく。誰しも日々のなかで、多かれ少なかれものと関わって生活しています。それらは道具や雑貨、工芸やオブジェなど呼び名も用途も様々あって、毎日繰り返される家事や仕事に役立ったり、ときに気分を上げてくれたり、忘れられない大切な記憶とつながっていたりもします。ものは、思いのほか私たちの暮らしと気持ちに影響を与える存在です。この連載では、ものと人との深いつながりをお伝えしていきます。

一冊の本だけを売る銀座の本屋「森岡書店」

 1回目にご登場いただくのは森岡督行さん。森岡さんは神保町での古書店勤務を経て、12年前に美術関連の本とアート作品扱う「森岡書店」を茅場町に立ち上げました。企画展などを通し、著者や作者を訪れる人たちに密に紹介する役割を果たした経験から、次のステップとして、2年前“一冊の本を売るための本屋”を銀座でスタートさせます。1週間ごとに1冊の本だけを取り上げ、その本に関連する展示を行い作品も販売するユニークなスタイルを確立。花の本を取り上げたときは花屋に変身してしまう、というように。5坪ほどの小さなスペースで展開される本を巡るこの提案は、新たなカルチャーの発信として受けとめられ多くの支持を得ています。

「森岡書店」のある鈴木ビルは、東京都選定歴史的建造物に指定されています

 「コンセプトである本と人をつなげる試みは、ものがあふれる現代で、どのようにものを選び取るのかを示す、ひとつの提案にしたいと考えました。自分の感覚を信じ、好きなものをより深く知る喜びこそが大事なのではないか。それを伝えたくて」

 森岡さんが、深くものを知ることへの喜びに気づいたのは、神保町での経験が下地にあると言います。

 「僕をこうした仕事に向かうよう導き、つないでくれた諸先輩方が神保町にいたんですね。なかでも美術古書の専門店「松村書店」の松村さんには、いろいろ教えてもらいました。豪快な方で、いわゆる江戸っ子気質。そばの喰(く)い方を叱られたり、銀座のバーに連れて行っていただいたり、直接的な仕事のノウハウより、生き方を見せてもらえたと思っています。その松村さんとの思い出として大切にしているのが、このジッポーと池波正太郎の『男の作法』なんです」

 宵越しの金は持たないような、気っぷのいい先輩であった松村さん。当時、森岡さんが勤めていた書店が隣だったことから顔見知りになり、足しげく通ううちに師弟関係のようになって、可愛がっていただいたのだそうです。

ショップカードなどに使用している文字は「森岡書店」オリジナルのフォント。印刷やロゴに対するこだわりも本屋を営む森岡さんならでは

 「よくね『体育館に貼ってある標語のようなことを大事にしろ』と言われたんです。つまり、あいさつはしっかり、とか、明るく元気に、とか、人としての礼儀や心構えを分かりやすく伝えてくれたんですね。僕はそういう話を聞くのが好きだったし、いまも大切に思っています」

 森岡さんにとって、男気があってやさしい松村さんは、いつしか憧れの存在となっていたようです。松村さんから聞く人生訓のようなお話、所作やたたずまいも、男としての格好良さを理解するきっかけとなったのかもしれません。

受け継いでいくジッポーのライター

 「出かけるときにご一緒させていただくことが多く、松村さんはご高齢でしたから杖をつかれていて、歩いているとき、たばこに火をつけるのが僕の役目でした。愛用していたジッポーを僕に渡してくれて『預かっていてくれ』とおっしゃった。返せないまま松村さんは旅立たれてしまいました。だから、そのまま今もお預かりしているんです」

 シンプルな定番タイプのジッポーは、飾り気がなく、無数の傷が、いろいろあったであろう経てきた年月を物語っていて、それが深いあたたかみになっています。松村さんという男性をそのまま表しているようで、このジッポーは、何とも色っぽく感じます。

 「『男の作法』を読むように勧めてくれたのも松村さん。池波正太郎はいいですよね。この本から感じたのは、呑(の)む、喰う、着る、書くなど、基本的な生活のなかの行為を楽しむことができる素晴らしさ。そこに美しさがある、ということを教えられました。松村さんには、よくすし屋に連れて行っていただいて、名高い店もありましたが、どんな場でも緊張することなく美味(おい)しさを楽しんでおられた。格好いいですよね」

 美しさや格好良さというものを直接うんぬんと説明するよりも、自らの立ち居振る舞いや持ちものから伝えることを良しとする。そうした伝授をしてくれた、すてきな先輩を持つ森岡さんをとてもうらやましく思います。松村さんがジッポーを返せと言わなかったのは、月並みな言葉ですが「初心忘るべからず」を、森岡さんに残したかったからではないかと想像します。

森岡督行(もりおか・よしゆき)さん。読者と著者が出会う場として「森岡書店」を設立。幸福なつながりが生まれることを喜びと感じています

 そして森岡さんは、先輩たちから受け継いだバトンを次につなげる企画を今春始動させました。「森岡書店総合研究所」と名づけられた新たなプロジェクトの全貌(ぜんぼう)はまだ明らかにされていませんが、多方面の人や企業とつながりながら、これからの東京を見つめている様子。森岡さんいわく、本屋にはもともと人と人をつなぐコミュニティーの場としての機能があったのだとか。それが、今後どんな形になって展開していくのか、とても楽しみです。

 街も流行も変貌(へんぼう)し続ける日々のなかで、その根底に、森岡さんが目指すような、人と人、ものと人をつなぐ、日だまりのようなぬくもりを感じさせる提案があって欲しいと願います。

 ◇

森岡書店
東京都中央区銀座1-28-15 鈴木ビル1階
03-3535-5020
13:00~20:00 月曜休

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PROFILE

小澤典代(おざわ・のりよ)

小澤典代

手仕事まわりの取材・執筆とスタイリングを中心に仕事をする。ものと人の関係を通し、普通の当たり前の日々に喜びを見いだせるような企画を提案。著書に『日本のかご』『一緒に暮らす布』(ともに新潮社)、『金継ぎのすすめ』(誠文堂新光社)などがある。また、ブログ「小澤典代のいろいろ雑記」でも、気になるひと・もの・ことを紹介。
http://blog.fu-chi.main.jp/

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