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<70>河原町の路地裏で静寂のひとときを 京都編(3)

  • 文 吉川明子 写真 太田未来子
  • 2017年8月10日

 京都には、異界のような路地裏が無数にある。それは京都一の繁華街・河原町も同じだ。大勢の人々が行き交い、あんなにもにぎやかだったはずなのに、少し奥に入っただけで人の姿が一瞬にして消え失せ、静寂に包まれる。

  「ELEPHANT FACTORY COFFEE」は、そんな狭い横道に面した建物の2階にある。急な階段を上り、木製のドアをそっと開けると、コテ跡のついたグレーの壁に囲まれた空間が広がる。入り口の右手にカウンターキッチンがあり、コーヒーの香りが漂ってくる。

  「僕がコーヒー好きで、コーヒーを飲んでいる人を見るのも好きなんです」

 オーナーの畑啓人さん(47)は京都出身で、社会人になってからは東京のフランス雑貨店に10年以上勤めていた。働きながらも、いずれは店を辞め、“どこにもない、理想の店”を作りたいと考えていた。

  「東京と京都、どっちでもよかったんです。でも、人通りが少なくて古いビルにあったこの物件を見つけた時、東京でいい店を作って人に来てもらうより、わざわざ京都まで行きたくなるような店になるほうがうれしいと思いました」

 店内のインテリアの元になったのは、畑さんが洋書などを切り抜いて集めた写真の数々。好きな写真を眺め、そこから想像力を膨らませてこの空間を具現化していった。

 美しくディスプレーされた古本の数々は、京都のネット古本屋「ダンデライオン」が選書したものだ。畑さんは「1960~70年代が感じられるものにしてほしい」とリクエストした。

 「持っている本を見れば、その人がどんな人か伝わります。つまり、この店にある本は自己紹介のようなものなんです」

 カバーのない古びた新潮文庫や70年代の色あせたファッション雑誌、モノクロームの写真集や映画の本など、ビターなコーヒーと一緒にめくりたくなるような本が、店内の随所に積み重ねられている。

 コーヒーは元同僚のつながりで知り合った、北海道美幌町の喫茶室豆灯(とうとう)を営む福井典和さんの手による豆を使っている。出会った当時、焙煎をはじめて間もなかった福井さんとは「味を一緒に作っていける」と可能性を感じ、店で扱うことに決めた。

 「北海道は出張で行くことが多く、その時に飲むコーヒーが好きでした。京都と北海道では、喫茶文化の傾向が似ているような気がしたんです」

 2007年に店をはじめてから、満10年を迎える。2011年には、雑貨店で一緒に働いていた元同僚に声をかけ、東京・三軒茶屋に姉妹店 「MOON FACTORY COFFEE」をオープンさせた。今は、畑さんのもとで約8年働いていたスタッフがこの店を切り盛りしている。

 「はじめはどこかで『変わらなきゃいけない』という気持ちがあって、店でイベントをやったり、メニューを変更したり、インテリアやディスプレーも変えたりもしました。でも、10年たって思うのは、『変わらなくてもいいのかも』ということです」

 世の中の流れはあまりにも早い。新しい店がオープンしても、以前、どんな店があったかを思い出せないということはしばしばある。だからこそ、路地裏のずっと変わらない空間の存在は、人々にとってかけがえのない場所になりうる。

 「河原町近辺もそうですが、チェーン展開している店が増える中、個人の店は続けていくだけでも大変。でも、それを支えてくれる人がいるから残っていけるわけですし、店が小さくても、長く続けられる社会であってほしいと思っています」

■おすすめの3冊

「砂の女」(安部公房/著)
砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、女が暮らす砂穴の家に閉じ込められ、様々な手段で脱出を試みる物語。「新潮文庫の表紙が一番好きで、今回3冊選んでみました。安部公房さんには独特の世界観があり、数ある作品の中でもこれが一番好きなんです」

「一千一秒物語」(稲垣足穂/著)
少年愛、星、妖怪……、時代を先取りした文学空間を構築した掌編群。「稲垣さんの作品は難解ではあるのですが、言葉の選び方や感覚、ただ文字一つひとつをたどっているだけでも気持ちがいいんです」

「城」(フランツ・カフカ/著)
寒村の城に雇われた測量士が、いつまで経っても城の中に入ることができずに翻弄(ほんろう)される未完の小説。「なんじゃこの話? という感じで、ぐるぐるとオチのない話を延々としているようにも思えるのですが、最後まで読み切らせてしまう力があります」       ◇

ELEPHANT FACTORY COFFEE
京都市中京区 蛸薬師通木屋町東入ル備前島町309-4 HKビル2F
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