東京の外国ごはん

『食べられる国宝』を食べたい! ~ パプリカ ドット フ Paprika.hu (ハンガリー料理)

  • 文・写真 宇佐美里圭
  • 2017年8月22日

 「白金高輪にハンガリー人シェフのレストランがあるよ」と友人に聞き、さっそく足を運んだのが、「パプリカ ドット フ(Paprika.hu)」という、ちょっと変わった名前のレストラン。“フ”ってなに?と思ったら、ハンガリーのドメイン名「hu」からとったものだそう。日本で唯一のハンガリー人オーナー、ハンガリー人シェフのレストランだ。

 扉を開けてまず目に飛び込んで来たのは、椅子や天井に飾られた木の車輪。お店の人に聞くと、「ハンガリー人はもともと騎馬民族だったので、使わなくなった馬車の車輪をインテリアに使うことがよくあるんです」と教えてくれた。

 テーブルにはかわいらしいハンガリーの“カロチャ刺繍(ししゅう)”が施されたクロスがかけてあり、どこか素朴であたたかい雰囲気。「ここは典型的なチャルダ(食堂)スタイルなんですよ」と先ほどのスタッフが続ける。扉を開けたとたん、懐かしさに泣き出すハンガリー人の留学生もいるのだとか。 

胃袋を通して知るハンガリーの文化

 では、さっそくお料理を注文。まずは、ハンガリーの国民食“グヤーシュ”(2人前1200円)を食べなくては始まらない。グヤーシュとは、日本人にとってのみそ汁みたいな存在で、牛肉とジャガイモやタマネギ、ニンジンなどの野菜をパプリカで煮込んだスープだという。地方によっては、豚や鶏を使ったり、パスタを入れたり、辛いパプリカを使ったり、野菜を入れないこともあるそう。

 「ハンガリーは日本の約4分の1ほどの広さで、中央ヨーロッパのとても小さい国です。でも、地方色が豊かで、地域や家庭によってこのスープの味もまったく違うんですよ」

 スポーツ選手のような体格のオーナー、キス・アティラ(Kiss Attila)さん(40)がそう説明してくれた。このレストランで出しているのは、一番オーソドックスなタイプ。一口食べてみると、なるほど! クセのないやさしい味わいで、体が温まる。赤い色はパプリカからきているが、まったく辛くはない。ちなみに、ハンガリーでいうパプリカは唐辛子のような香辛料のことで、日本でいう大きなピーマンのようなパプリカは“カリフォルニアパプリカ”と呼んでいるそうだ。

 「ハンガリー料理は肉が中心なので、ビタミンCをパプリカでとっているんです。パプリカは130種類以上あると言われていて、そのほとんどは辛くありません。でも、辛み成分のカプサイシンが入っているので、料理を食べると内臓が温まるんですよ」

 アティラさんはそう説明してくれた。ハンガリーの冬はマイナス30度にもなるので、パプリカがよく食べられるのは理にかなったことなのだ。

 続いて出てきたのが「マンガリッツアチガニーペチェニェ」(2600円/マンガリッツア豚のジプシーロースト、ガーリック&ベーコン)。ハンガリー政府が2004年に認定した、“食べられる国宝”マンガリッツア豚とベーコンを、シンプルに塩こしょうとガーリックで焼いた一品だ。付け合わせはキャベツの塩漬けとフライドポテト。この国宝の豚、何がすごいかというと、やはりその肉質。放し飼いで大麦や小麦、ひまわり、かぼちゃなどを食べ、マイナス30度の冬を越えた豚は、一般の豚肉より霜降り率が高く、飽和脂肪酸が少ないため健康にもいいとされている。

 普段はつい除けてしまう脂身も口に運んでみたら、びっくり。さらっと脂が口の中で溶けていき、まったくしつこさがない。むしろ脂身がおいしいくらい!

 「ここに来るお客さんの感想で一番多いのが、『食べやすい』『懐かしい味』というものです。ハンガリーの文化を日本人に知ってもらいたくてレストランを始めたので、料理は一切アレンジしていません。すべて本場の味そのものです。でも、不思議なことにそのままでも日本人の舌に合うんですよね」

エンターテインメントの世界から一念発起して

 アティラさんは、ハンガリー北部の街、ミシュコルツ出身。1999年、23歳で初来日し、あっという間に日本が大好きになった。日本に移住してから17年が経つ。しかし、それまでの経歴を聞いてびっくり。なんと、元“ポップスター”だったというのだ。

 「実はハンガリーではKIWIというポップバンドのボーカルをやっていて……。18歳から22歳くらいのときですね。けっこう売れていたんですが、途中でメンバーと仲たがいして解散。僕はエンターテインメントの仕事を続けたかったので、アメリカへ行くか日本に行くか迷っていたんです。エンターテインメントといえばアメリカというイメージがあったけど、1989年まで社会主義体制だったハンガリーの国民は、当時なかなかアメリカのビザがおりなかったんです」

 そこで、日本にも興味があったアティラさんは日本とアメリカどちらに行くか迷った末、東京にいたハンガリー人の知人を訪ね来日した。

 東京が気に入ったアティラさんは、そのまま住むことを決意。少しずつ人脈を広げながら、ダンス、音楽、モデルなどありとあらゆるオーディションを受け続けた。もちろん、最初は難しかったというが、「エンターテインメントの世界はそんなもの」と気にしなかった。すると徐々に仕事がくるようになり、最初の10年はモデルやダンサーとして仕事をしていた。

 そして2004年、お台場の海岸に自分のクラブをオープン。7〜8人のダンサーを雇い、1時間ほどのダンスショーを見せる場所を作った。5年ほど続いたが、年とともに、「いつかはエンターテインメントの仕事は引退しなきゃいけない」と考え始めたという。そして、新たなビジネスとして思いついたのが、ハンガリーレストランだったのだ。

 しかし、なぜレストラン? ダンスや音楽の才能を生かし、他のこともできそうだ。率直にそう尋ねると、まっすぐこちらを向いて言った。

 「ハンガリー人で日本のことを知らない人はいないけれど、日本人はほとんどハンガリーのことを知らない。それがショックだったんです。ハンガリーでは、小学校で日露戦争のことを学び、親日感情が強いんです。だからこそ、日本人がここまでハンガリーを知らないとは夢にも思わなくて……」

 日本人から幾度となく聞かれる「どこにあるの?」「どういう国なの?」という質問に答えるのも疲れ、次第に「ハンガリーのことを知ってもらう一番いい方法は、胃袋を通してかもしれない」と思うようになった。すてきな場所を作って、そこでおいしいハンガリー料理を出せば、文化を知る第一歩になる。興味をもってもらえれば、しめたものだ。

 そこで一念発起。ダンスショーのクラブを閉めると、すぐにハンガリーレストランを開くべく、新しいビジネスの世界へかじを切った。

 物件探しは最初の高いハードルだった。やはり外国人であるという理由で、どこの大家にも断られる。ようやく見つけたのが、いまの場所だった。もともと炉端焼き屋だったが、長年使われていなかったのか、すべてボロボロだった。

 「毎日24時間、3週間くらい不眠不休で掃除をして、ようやくきれいになりました。改装も全部自分たちでやりました」とアティラさんは言う。

 2009年3月に店をオープン。口コミで少しずつ広がり、ようやく定着してきた。「ハンガリーを日本に紹介したい」という思いから、レストランでは、ジプシーバイオリンのイベントや、ダンスショー、ハンガリー料理教室、ハンガリーワインテイスティングなどいろいろなイベントも企画している。

 ご自身で踊ったり、歌ったりはしないんですか?と思わず聞くと、「もう年だから……完全に引退したんだ」と笑う。3年前にはハンガリー人の奥様とお子さんも日本に移住し、家族そろってすっかり日本の生活に溶け込んでいるようだった。

 それにしても、たしかにハンガリーのこと、私も全然知らなかった。「信じられないほど美しいブダペストの町並み、おいしい料理、温泉、かわいい刺繍(ししゅう)、ダイアナ妃が集めていたというヘレンドの陶器……ハンガリーはすてきなものばかりで、訪れた多くの人は好きになりますよ!」。そんな風に言っていた女性スタッフの言葉が心に残る。ああ、行ってみたい場所がまたひとつ増えてしまった!

>>写真のつづきはこちら

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■Paprika.hu
東京都港区高輪1丁目1−11
電話:03-6277-2037
http://hungaryshop.jp/paprika/

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PROFILE

宇佐美里圭(うさみ・りか)編集者、ライター

宇佐美里圭

1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

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