MUSIC TALK

信じられるのは音だけ クレイジーケンバンド 横山剣(後編)

  • 2017年9月5日

撮影/山田秀隆

  • 撮影/山田秀隆

  • 8月にリリースしたオールタイムベスト「愛の世界」

 甘くメロウで、ファンキーでソウルフル、オリエンタルで雑多で――。まさに「東洋一のサウンドマシーン」クレイジーケンバンド(CKB)。「バンドはこりごり!」を繰り返してきたボーカルの横山剣さんが、今年結成20年を迎えたCKBへの思いを語る。(文・中津海麻子)

    ◇

(前編から続く)

「ダックテイルズ」は、プロ時代よりも動員するほどに

――「ダックテイルズ」では、自らが作ったオリジナル曲がやれることになりました。

 それがすごくうれしかったんだけど、デビューシングルはずっと目標としていた筒美京平さんに作曲をお願いしました。たまたまレコーディング・ディレクターが筒美さんの弟で、頼んでいただいたのです。シングルで注目を集めて、僕が作った曲はアルバムで聴いてもらえればいい。そんな下心もあったりして(笑)。レコーディングで念願のストリングスが入った美しい音色を聴いたときは、涙が出そうになった。

 筒美さんのデモテープを聴いて「なるほど! こうやってやればいいのか」と。かゆいところに手が届くようなメロディーで、ヒットメーカーというのはこういうことなんだと勉強になりました。でも売れなかった。せっかく筒美さんに書いてもらったのに。その後、山崎さん以外のメンバーとのすれ違いや僕らの素行不良もあって、僕と山崎さんは事務所をクビになってしまった。ダックテイルズはアマチュアバンドに戻って活動するようになりました。

 ライブのチケットを泥臭く手売りしたりもしました。横のつながりが強いツッパリパワーで結構売れて(笑)、どんどんライブに来てくれる人が増え、大きなホールがいっぱいになるなど、プロ時代より動員するほどになった。ちょっとしたプロ以上の規模だったと思います。音楽も、リーダーが音に貪欲(どんよく)で、ホーンセクションやコーラスも入れてくれました。

――やりたいことがやれて、人気もあって満足でした?

 それで満足していれば平和だったんだけど、僕がもっと違うものをやりたくなってしまった。ヒップホップと生演奏を融合したような音楽を思いついちゃったんです。ダックテイルズと並行することも考えたんだけど、そうもいかなくなって、ダックテイルズは1988年に解散しました。

 新しいバンドは、Enjoy Relax Delight、略して「E.R.D」。のちに「ZAZOU」と改名しました。黒人のギタリストがラップとDJを兼任。僕はキーボードとボーカル。最高のボーカリストを見つけるまでのつもりだったんだけど、だんだん歌が増えて、結局、ボーカル専任になっちゃった(笑)。ちなみに、そのとき一緒にやっていたのが、CKBのメンバーになるドラムの廣石恵一とギターの小野瀬雅生です。

 ZAZOUはメジャーレーベルからアルバムをリリースもしたんだけど、いろいろあって、末期には「もうバンドはこりごり」という気持ちになってしまった。そのころ、神崎まきちゃんやMOON DOGSに曲を提供したりして、自分としてはバンド以外の活動がそこそこ充実していたんです。

バンドはこりごりだったはずなのに

 そんなとき廣石さんから「ジェイムス・ブラウンやP-FUNKのカバーをするバンドやるから手伝ってくんない?」と誘われて。バンドはもう嫌だからと断ったんですが、「じゃあ遊びに来れば?」と。軽い感じのノリに油断して、フライドチキンをお土産にまんまと練習に遊びにいったらすごくいい感じで、ついマイク握っちゃった。で、もうそのまんまに(笑)。

 そんなタイミングで、横浜の本牧オフィサーズ・クラブというライブハウスのマネジャーからライブのオファーが。まだ1回か2回しか練習に参加してないのに、なんだか気持ちが大きくなって引き受けちゃった。それからバンマスの廣石さんに相談してメンバーを集め、15人編成のファンクバンドに。それが「CK'S」です。

――バンドはこりごりだったのでは?(笑)

 ほんとトンチンカンですよね。鶏じゃないけど3歩歩いたら忘れる(笑)。

 バンドはクリエーティブじゃない、と思っていたんです。バンドという少ない編成では、自分の頭の中で鳴っている感じにならない。でもCK'Sは15人編成、大は小を兼ねるのでどんな音楽でもできた。表向きはファンクバンドという形でしたが、このメンツを基軸にすればオリジナルでおもしろいことができるな、と。

――音楽活動をしながら、それ以外の仕事も続けていたとか?

 クールスRCのころから、港での肉体労働など何かしら音楽以外の仕事はしていました。CKBを結成する前の1994年からは貿易貨物の検査業務をする外資系の会社の社員に。検査官として働きました。CK'Sはスタッフもメンバーも多くて、目指すものにすごくお金がかかる。自分で自分のスポンサーにならなきゃと、ちゃんと就職しようと思ったんです。リードギターの小野瀬さんは郵便局員、廣石さんは輸出車の陸送、ベースのシンヤ(洞口信也さん)はサッシ職人だった。僕以外もみんな腰掛けじゃなくしっかりとした仕事を持って、自分で自分たちを支援しながら音楽をやっていたんです。

――音楽以外の仕事をしたことで、音楽に影響は?

 人の音楽から何かを得ることも多少はあるけれど、基本的には自分で見て、嗅いで、感じたことが楽曲に変換される。僕はそういう体質。だから、社会に出るということは曲作りにはすごくプラスに働いていました。

 そういう意味では一石二鳥だったけど、でもまぁ、きつかったですね。東京の永福町で朝の5時までレコーディングして、6時から横浜港で仕事が始まるわけだから。もうギリギリ(笑)。

 好きだからできたのもあるけど、もしスポンサーをつけたら、金をもらうわけだから多少なりとも言うことは聞かなきゃいけない。じゃあ自分がスポンサーになれば誰も文句を言えないだろう。その気持ちが二足のわらじの原動力だったかもしれません。

クレイジーケンバンド結成

――ところがCK'Sも解散。その1997年、いよいよ「クレイジーケンバンド(CKB)」を結成します。

 CK'Sにはいろいろとルールがあって、ライブのMC中での「イイネ!」禁止、「踊り子」「右手のあいつ」という曲禁止、クールスRCやダックテイルズ時代の楽曲のカバーも禁止……と、禁止事項がやたらと増えて息が詰まってしまった。で、「もうバンドはこりごり!」(笑)。今度こそ作曲専業で行こうと思っていた矢先、東京・福生の植木屋さんと静岡のアメ車屋さんから営業の依頼があった。条件がよかったのでとりあえずメンツを探そう、と。ある夜、僕の足は自然と本牧のレストラン「イタリアン・ガーデン」に向かっていました。予感がしたんです。

 店には、廣石恵一、小野瀬雅生、洞口信也、新宮虎児、中西圭一が顔をそろえていました。まぁ、いつ行っても誰かはいるんだけどね。でも、あの夜は不思議な磁力に吸い寄せられるようだった。とりあえず思いつきで「ゲロッパ1600GT」、略してゲロGというバンド名をつけて営業したらすごくいい感じで、これで終わるのはもったいないと。その後、もっとマシなバンド名にしようと「クレイジーケンバンド」に改めました。で、気づいたら20年も続いちゃった(笑)。

――徐々に人気を集め、2005年、ドラマの主題歌になった「タイガー&ドラゴン」でヒットチャートへ躍り出ました。

 あの曲は02年にリリースしたのですが、当時は鳴かず飛ばずだったんです。それが、宮藤官九郎さんのドラマ「タイガー&ドラゴン」のオープニングテーマに使ってもらって、売れたし、世の中にも知られるようになりました。

 宮藤さんはこの曲を意識して脚本を書いたわけではなく、たまたま「虎児」と「竜二」というキャラクターを考えていたそうで。さらに噺(はなし)家のドラマだったので、「俺の話を聞け」という歌詞が合ってると。運命的な偶然の一致があれこれあったんですね。あれで爆発した感じだった。

CKBが20年続いている理由

――これまでバンドをやってはやめるを繰り返してきたのに、CKBは20年続いています。

 今までのたくさんの失敗から多くを学習しました。どういうことでメンバーともめるのか、自分自身がイヤになっちゃうのか。その要素をなくせば、辞める理由もなくなるはずだから。何が一番嫌なのか? それは、バンドの編成や考え方によって音楽的な自由がなくなること。楽曲を最優先にすれば、人間的なトラブルやストレスはないと気づいたんです。CKBになってからは“一番偉いのは楽曲様”という考え方を貫き、気づいたら20年続いていたという感じです。

――8月にはオールタイムベスト「愛の世界」がリリースされました。20年を振り返る作業だったのでは?

 代表曲はもちろん入れつつも、これまで出したかったのに埋もれちゃった曲を表に出す、という意識で選曲しました。この2017年に打ち出したい曲を150曲ぐらいまで絞り込んで、そこからさらに55曲に。締め切りの時の気分とかにも左右されたので、残ったのは運のいい曲なのかもね(笑)。

 2枚組の1枚目の1曲目の「スージー・ウォンの世界」は、超埋もれ曲。95年に録音したんだけど悔いが残っていたので、まったくの新録でやりました。とはいえ、CKBのライブではもう何年も新録したスタイルでやっているので、ライブに来てくれるお客さんにはまったく違和感がないと思います。

 アルバム名にもした「愛の世界」は95年にリリースした曲ですが、僕のボーカルをはじめ、今もいるメンバーの音だけを残し全部スケルトンにして、そこに新しいメンバーの音を入れた。22年前の音源と現代の音源が合体して、ヴィンテージマンションをリノベーションしたみたいな仕上がりになっています。このベスト盤で興味を持ってもらえたら、オリジナルを聴いてもらえれば。全く違うものとして楽しめる曲も多いので。

――これからのCKB、これからの横山剣。どんな世界が見えていますか?

 その年のことはその年に考える。今年は今年のことだけを考えて完全燃焼する――。先の計画は立てません。今までもそうしてきたように。だって、打ち合わせしてその通りになったことなんて一つもないんだから(笑)。音を出さないで考える計画なんて机上の空論に過ぎない。とにかくスタジオで音を出す。どんどん音を出す。信じられるのは音だけ、ってことなんです。

    ◇

横山剣(よこやま・けん)

1960年、横浜生まれ。小学校低学年より脳内にメロディーが鳴り出し、独学でピアノを弾き作曲を始める。81年にクールスRCのコンポーザー兼ボーカルとしてデビュー。以降、ダックテイルズなどのバンドを経て、97年、クレイジーケンバンドを結成。2017年8月、結成20周年を記念したオールタイムベストアルバム「愛の世界」をリリースし、全国ツアー「20TH ATTACK![攻] CKB」を開催。

クレイジーケンバンド公式サイト:http://www.crazykenband.com/

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