東京の台所

<151>学生の夫を支えた看護師妻の楽しい節約ライフ

  • 文・写真 大平一枝
  • 2017年8月30日

〈住人プロフィール〉
 看護師(女性)・38歳
 賃貸戸建て・2LDK・JR中央線 西国分寺駅(府中市)
 築年数9年・入居3年・夫(34歳・会社員)、長女(9歳)と次女(7歳)の4人暮らし

    ◇

 初めて夫に会ったのは、彼女が高校1年のとき。将来の卓球の強化選手として来校した小学6年生の彼と、練習を共にした。手を胸のあたりにかざして、彼女は言う。
 「私よりこんなに背が低くて。6年の中でもいちばん小さかった。よしよしってかわいがっていました」

 彼女の誕生日。彼が不意にプレゼントをくれた。小遣いをはたいて買ったであろうそれは、セーラームーンの櫛(くし)だった。
 「櫛かあ~、と」
 彼がそのとき恋心があったかどうかはわからない。ただ、小学生なりの精いっぱいの贈り物が、とてもうれしかったことを覚えている。共同練習は1年間で終わった。

 それから7年後の夏。彼女は、短大で看護師の資格を取得。病院に就職するため、卒業証明書を取りに母校の高校に出向いた。帰りに部活の顧問に声をかけられ、体育館に足を運んだ。と、背の高い青年が一心にラケットを振っていた。
 「彼だ」
 7年前の少年の面影がかすかにのこる横顔を見て、わかった。
 「私のひと目ぼれです。背も30センチくらい伸びて、可愛かったあの子がまぶしい青年になっていて、なんてすてきに成長したんだろうって」

 目が合った瞬間、「覚えてる?」と話しかけた。
 「うん」
 素直に言葉が返ってきた。

 その晩、電話を掛け、花火大会に誘った。彼は、恥ずかしそうに、言葉に詰まりながらもこたえた。
 「行きます」

 高校3年と21歳の交際がそこから始まり、4年後、彼が大学生のときに結婚。その後、子どもが生まれた。
 彼女は平日は病院に、土日は、訪問入浴や採血のバイトをして、生計を支えた。

 夫が無事就職し、子どもふたりを授かった今は、あのときのような苦労はない。
 続けているリハビリ病院の看護師の仕事は「患者さんが退院するときの笑顔を見るのがなによりの至福で天職。体が続く限りやりたい」と目を輝かせる。

 だが、経済的に苦労のない今も、台所はすぐ引っ越しができるくらい、ものが少なく、シンプルだった。器も鍋も食材ストックも、必要最低限しかない。一家を支えていた間に、節約と倹約、ものを持ちすぎないという習慣が身についたらしい。

 「結婚した頃、大学生の彼は食欲旺盛で、ものすごい量のお肉を食べるんです。だから必ずスーパーは閉店間際に行き、半額のシールの付いたのを買っていました。そういう工夫ってけっこう楽しいんですよね。今でも、質のいいものを安く買うとうれしくなっちゃって、家族に自慢したりします。ほら、こんなに安く買えたのよって」

 会社からの頂き物の菓子は、まんじゅうひとつも保存袋に入れ冷凍していた。冷蔵庫の食材は2日で食べきれる分を買い、死蔵させない。

 彼も若いときから節約が身についていて、ペットボトルはもったいないので水筒持参。デートはお金のかからない公園に行ったり、工夫をした。ふたりともそれらを考えるのが楽しかった。節約を苦しいと思ったことは一度もない。

 「私は疲れていると、ついイライラしますが、彼は学生時代、子育てと試験と就職が重なったときも一度も感情が乱れなかった。メンタルが強い。父親になった彼を見て、さらにそう実感しました」

 交際4年、結婚12年。真っすぐなまなざしで、「彼以上に包容力のある人を他に知らないのです」と語る。

 愛情というものは形に見えないが、素っ気ないくらいなにもないシンプルな台所には、じつは愛がいっぱい詰まっているのだとわかる。お金がない時代、支え合ったふたりの愛がほら、あそこにも、ここにも……。

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◆「東京の台所」が厳選されてまとまった第2弾『男と女の台所』。書き下ろし含めた19の台所のお話はこちらから

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

写真

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば 辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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